聖女の肖像画 ~ラース編~(10)
神殿の外に出れば、いつの間にか辺りは夕闇に包まれていた。
どうやら、ずいぶんと話し込んでいたらしい。
日は暮れたばかりのようで、西の空には淡く白い輝き微かに瞬いてはいたが、見上げれば夜空の大半は、幾つもの星が輝いている。王城まで道のり、星を見ながら歩くというのも退屈はしないだろうが。
しかし、外で待っている相棒には悪いことをしてしまったなと、ラースが思っていると…
神殿の敷地をでた途端、白い影が飛来する。
近くにいたのか霊獣のノアが嬉しそうに飛んできたのだ。
羽ばたきとともに大きな翼を折りたたむと、いつもの定位置である俺の肩へと止まる。クルクルと喉を鳴らし、俺の頬に頬擦りをしてくるのだ。
離れていたのはほんの数刻なのに、もう長い間あっていなかったかのような喜びようだ。
それなら、一緒に神殿に行けばよかったのにとラースは苦笑してしまう。
あの女神官長はノアの姿は見えるだろうが、その他の連中には…よほど魔力が強くなければ、ノアは霊獣なので姿そのものが見えないはずだ。
それでもノアは、神であるフィヌイの犬っころの気配がするから恐れ多くて神殿には入れないとかなんとか、そんなことを言って怯えるのだ。
ノアはもともと温和で臆病な性格だ。
魔法学院の講義では、一般的に鳥の霊獣は好戦的で風属性の攻撃に優れていると習ってはいたが、ノアの場合それは当てはまらないらしい。もともとのこいつの性質が優しいからだろう。
まあ、あのフィヌイの犬ころに美味しそうとか言われたりしたから、仕方がないとは思ってはいるが。
温かい羽毛で覆われた喉元を撫でると、あいつは目を細め嬉しそうにクルクルと喉を鳴らしている。
ノアのふかふかの羽毛を撫でながら、ふとラースは先ほどのアイネ神官長とのやり取りを思い出していたのだ。
「肖像画の制作が国王陛下の命とはいえ、なんであんなデタラメな絵を描かせたんだよ!」
「あらあら、何のことでしょうか? それにラースさん、あまり怒ると身体にもよくありませんわ。前神官長も血圧が上がって倒れられたと聞いていますし」
宮廷画家ベルクがラースの言葉を聞いた直後、制作途中の肖像画に向かい猛烈な勢いで描き始めたので、邪魔をしてはいけないと静かにアイネとラースはその場を離れ、最初の客間へと戻ったのだ。
そして人の目が無いことを確認すると、ラースはアイネに向かい疑問に思っていたことをぶつける。
相手は王都の神官長で高位貴族。不敬罪に問われる可能性もあったが、それでも聞かずにはいられなかったのだ。
しかしラースの追及にアイネは怒るどころか、優しい微笑みすら浮かべ涼しい顔で受け流したのだ。