聖女の肖像画 ~ラース編~(9)
「……。聖女様が亡くなって一番つらい思いをされている方に、こんなことを聞くのは酷というもの。私めの配慮が足りず、申し訳ありません!」
は? 何のことだ。
ラースの目は、思わず点になっていた。
ティアだったら今日も元気に、リベル婆さんの家でたらふく飯でも食っている頃だろうが。
表向き、聖女ティアは亡くなったことになっている。本当のことなど言えるわけもなく、気がつけばこの二人には大きな温度差が生じていたのだ。
アイネはそんな状況でも、にこにこと微笑み双方を見守っていたが、
「ベルクさん。お心遣い痛み入ります。ですが、聖女としてのティアは今も天上から私たちのことを見守ってくれていますわ。それにラースさんだって、辛い出来事もありましたが、乗り越えているはずです」
「ええ。後ろばかり振り返ってもあいつは悲しむでしょうから。これから先、何ができるかわかりませんが、あいつに恥じないように歩んでいくつもりです」
「おお! そうですな。私も聖女様の肖像画を完成させ、聖女様を心から慕う、リューゲル王国の民のために完成させますぞ」
確かに……嘘はついてはいないな。
あの女神官長、やっぱりかなりの食わせものだぜ。
聖女としてのティアは死んだことになっている。今いるのはティアという名の平凡な人間だ。
それに俺は…実の妹が、騙されていたとはいえ敵となっていた。ティアは神殿にいた頃、妹に散々理不尽な扱いを受けていたのに、それでも死にかけていた妹を助けてくれた。その妹も今は、辺境の女子修道院で生活をしている。
俺は、兄妹であることを隠していた。いや、言いだす勇気がなかったんだ。
それでも、ティアはこう言ってくれた。
実の兄妹だとしても私は気にしない。ラースはラースだからね。
いつもの屈託のない笑顔で、何でもないことのように言ってくれたのだ。
気がつけば物思いにふけってはいたが、ふとラースはそこで気づいたのだ。
そうか…。そうだったな。あいつは、ティアはそういう奴だ。
しらずに笑みがこぼれる。気がつけば俺は自然と口を開いていた。
「最も大切なことを思い出しましたよ。あいつの聖女らしいところは…」
ベルクはその言葉を聞くと、満足そうに頷き微笑んでいたのだ。