聖女の肖像画 ~ラース編~(8)
聖女らしいエピソード…つまりは、ティアとの印象的な旅の思い出ってことだよな。
浮かんでくるティアとの思い出と言えば…。
俺が目を離した隙に、犬っころの姿をしたフィヌイと一緒に、外から高級料理店のガラス窓に張りついて、室内で食事をしている客の料理を物欲しそうに見つめていたことか。
店の警備員が怒って出てくる前に、俺が慌ててあいつらを窓から引っぺがし、そのまま引きずりながら安全圏内まで逃げていったことがあったな。
あの時は、本当にヒヤッとさせられたものだ。
下手に店の連中と関わって、聖女だってバレたら大変だったからな…
いや…これは聖女らしいエピソードじゃないな。
あと、印象に残っているのは…
旅の途中に通りかかった街で、たまたま開催されていた大食いコンテストに俺が目を離した隙に、ティアが速攻で飛び入り参加したことか。
目立つことはするなと、あれだけ言い聞かせていたにも関わらず、ティアの奴コンテストに参加しただけでなく優勝までしやがって…!
散々目立った挙句、今度は食べ過ぎでいきなり道端で倒れたよな。
結局はフィヌイの奴が渋い顔をしながらもティアを治療して、この街でしばらくの間滞在するはめになって。
優勝賞品のクルミ一年分も持ち運びなんかできやしないから街の連中に配って回ったよな。
ティアの奴、ドヤ顔でみんなが喜んでくれるんだから聖女として良いことしたなあ~ とかなんとか後になって言っていやがったが、俺とフィヌイは珍しくも意見が一致して何とも言えない気分だったぞ。
いや…これも強く印象に残ってはいるが聖女らしいエピソードじゃないよな。
「……」
まてよ! そうするとあいつの聖女らしいエピソードなんかないじゃないか!
どうする! まったくの出まかせを言えば後で必ずボロがでるし、多少なりとも本当のことを混ぜとかないと真実味が全くでないだろ。
ラースは、心の中では絶体絶命のピンチだった。
命をかけた戦いとはまったく違う意味で、冷たい汗が頬を伝う。
すぐ傍では、急に沈痛な面持ちで黙り込んでしまったラースを、宮廷画家のベルクは別な意味でとらえていたのだ。