聖女の肖像画 ~ラース編~(2)
ラースは出された茶を飲みながら……あの犬っころフィヌイにじーと見張られているような、なんともいえない気分のまま客間で待っていると、
「まあラースさん、お久しぶりですね。すみません…随分とお待たせしてしまったようで」
柔らかな声と共に穏やかな雰囲気の女神官長が姿を現したのだ。
「いいえ、お気遣いなく。神官長に就任したばかりともなれば、前神官長の後始末など仕事も山積みでしょうから」
「ふふ、そう言って頂ければ助かりますわ」
そう言うと、現神官長はラースの目の前の椅子に流れるような所作で腰を掛けたのだ。
リューゲル王国、王都リオンにある神殿の現神官長。アイネ・フラウ。
強い魔力の家系出身の高位貴族だ。戦乱の時代から一族は攻撃系魔法の秘法を受け継ぎ、初代国王に仕えた四つの名門の家柄。その内の一つ、水属性の魔法を得意とする家紋の出身だ。
ラースはもともと貴族が嫌いだが、その中でも最も嫌いな貴族の家系出身。
だが、それは俺の個人的な感情で…目の前のこいつとはなんの関係もないことだ。
それを言ってしまえばティアだって、出自だけは強い魔力の家系出身の高位貴族になってしまう。まあ、あいつの場合、それは生まれだけで根は完全なド庶民だから関係はないか…
過去に…俺を散々利用し、用がなくなれば始末しようとしたのは水属性の家紋じゃない。俺もいいかげん子供じみた怒りとは決別し、心の整理をつける必要がある。
それに目の前のこいつは、ティアの良き理解者であり陰ながら支えていた人物なのだ。
「そういえば、最近ラースさんはティアに会ったそうですね。あの子、元気にしていましたか」
少し前に給仕が運んできた、爽やかな風味の紅茶をアイネは一口飲むと、カップをテーブルの上に静かに置く。そして何気ない世間話のようにラースに話しかけてきたのだ。