フィヌイの散歩(9)
私は嬉しさのあまり、思わず駆け寄り両手を広げると――
フィヌイ様は子狼の姿のまま、腕の中に勢いよく飛び込んできてくれたのだ。
「フィー、会いたかったよ…」
――心配かけてごめんね。僕も…会いたかった。
やっぱりフィヌイ様はもふもふで、それにお日様の匂いもして、とても落ち着く。私は頬ずりをしながら、しばらくフィヌイ様のもふもふで心を癒されていた。
すると、フィヌイ様を抱っこしていた小さな女の子が、てててっと近くに駆け寄ってくる。そして、私の服の端をくいくいと引っ張ると、期待に満ちた眼差しを向け――
「ねえ、お姉ちゃん……もしかして、聖女様なの?」
「――!!」
ずばりと聞いてきた――!
私は一瞬戸惑ったが、フィヌイ様がキャウと一声鳴き訴えてくる。
ということは、これはつまり――
「そ、そうよ。お姉ちゃんは実は聖女なの。こ、この子も子犬の姿をしているけど、この国の主神フィヌイ様なのよ。でも…フィヌイ様とお忍びで旅をしているから、できれば他の人には言わないでほしいかな…」
目を泳がせながらしどろもどろの私の対応に、ラースがかなり呆れたような顔をしているがそこは無視。だってこれが私の限界の対応なのだから仕方ないでしょ! と思っていると、女の子は目を輝かせ、
「うん、わかった。でもひとつ、聖女様にお願いがあります!」
「う~ん。聖女様じゃなくって、気軽にティアでいいかな」
「それじゃ、ティアお姉ちゃん。お願いがあるの! 私のお母さん病気で、だんだん元気もなくなってきて、最近は起き上がれないことも多くて…。治療費のお金は、私が一生懸命に働いて少しずつ払っていくから、だからお願い。お母さんを診てほしいの!」
「もちろん。それに、フィーが一晩お世話になったようだし、お金はいらないよ。あと…もし良かったら貴女のお名前を教えてもらえると嬉しいかな」
「私はマツリカだよ」
こうして、ティア達はマツリカの家を訪れることになったのだ。
マツリカのお母さんは病で伏せっていることが多いとは聞いてはいたが…家の前まで来ると、ちょうどふらふらと外に出て水汲みをしているところだった。
ティアは慌てて駆け寄るとマツリカのお母さんを支え、気がつけばラースもさり気なく、マツリカのお母さんの代わりに桶に水を汲んでいた。
お母さんは私たちの訪問に驚きながらも、快く家に向かい入れてくれた。
でも…ティアの目にも、マツリカのお母さんはかなり無理をしているのがわかる状態。
ティアとしてはマツリカのためにも、『治癒の奇跡』を使いたいとは思ってはいる。しかし、勝手には使うことはできない。フィヌイ様の許可がいるのだ。それとなくフィヌイ様の顔を見てお伺いを立ててみると、
――ティア、お母さんに『治癒の奇跡』を使ってあげて。一晩、この家に泊めてもらってごはんも貰ったの。そのお返しがしたいんだ。僕の、気まぐれなお願い!
フィヌイ様の気まぐれだけど優しいお願いに、ティアはふんわりと笑顔で頷いたのだ。