フィヌイの散歩(5)
フィヌイは心を決めると、勢いよくぴょんっと高い塀から飛び降りたのだ――
すると女の子は、慌てたように手を広げ抱きとめてくれる。
うん、ここまでは予想通り!
いくら子狼の姿とはいえ、普通に飛び降りたら勢いがついて、小さな女の子では重くてとても受け止められない。
そう考えフィヌイは怪しまれない程度に、軽い重さとなったのだ。
女の子はフィヌイ自慢のもふもふとした、真っ白い毛並みの中に顔を埋めると、
「わあ、ふわふわのもふもふだ…! かわいいな」
頭の後ろから背中にかけて、優しく撫でたのだ。フィヌイは狼の耳をぺたん後ろに寝かせると、気持ちよさそうに目を細めている。
しばらくそうやって、ふかふかな柔らかい毛並みを撫でていたが、ふいになにかを思い出したのか、フィヌイを抱え直すと正面からじ~と見つめたのだ。
女の子の澄んだ紫色の瞳が、真っすぐに見据えてくる。
「お母さんが教えてくれた通りだ。フィヌイ様は青い綺麗な瞳に、真っ白な動物の姿で現れるんだよね」
「キャウ…?」
フィヌイは幼気な白い子犬のフリをしつつ、小首を傾げてみせる。
あわよくば、ただの子犬だと思ってくれればいいと期待を込めたつもりだったが…。
「うん。やっぱり主神フィヌイ様だ! ちゃんと返事もしてくれたし!」
――ええ!!
フィヌイの期待はあっさりと裏切られ、女の子はフィヌイを抱きかかえながらさらに喜んでいた。
「そうだ! 自己紹介がまだだったね。私の名前はマツリカ。フィヌイ様、よろしくね!」
そう言いながら、マツリカはフィヌイのふわふわの白い毛で覆われたほっぺの辺りを嬉しそうに頬擦りしたのだ。
幸いにも、狼にとって…いや、全ての動物にとって繊細な髭や耳、尻尾を触るのは避けてくれる。それはとてもありがたい。
どうやらマツリカは、ティアと同じように全身をくまなく撫でる派のようだ。
しばらくそうやってフィヌイのもふもふを一通り堪能すると、マツリカはふと顔を上げる。
「そうだ! お母さんにもフィヌイ様が来てくれたこと教えてあげなくっちゃ。フィヌイ様、私の家に招待するね」
そう言うが早いか、フィヌイを抱きかかえマツリカは走りだしたのだ。
フィヌイはぬいぐるみのようにおとなしくしながらも、目を棒線にして心の中ではう~ん、う~ん困ったなと考え込む。
――どうしよう…。すぐに宿屋に帰る予定が、遅くなっちゃうかもしれない…。
フィヌイが前足をぶらんぶらんさせながら、どうしようかなっとそうやって考え込んでいると。
はたりとマツリカが突然、足を止めたのだ。マツリカが震えている様子がフィヌイにも伝わってくる。
どうしたのかとフィヌイが顔を上げて正面を見てみると――そこには、
「ヴゥゥゥゥッッ――」
低い唸り声とともに狭い路地の向こうから、ガラの悪そうな大型犬がマツリカに向かい、一歩一歩近づいてきたのだ。