フィヌイの散歩(4)
その頃フィヌイは――いつもの白い子狼の姿のまま石造りの塀の上を、てくてくと猫のように歩いていた。
宿屋の三階の窓から、街の中に飛び降りたわけだが…。
本人としては、遠目から見れば白い猫が飛び降りたように見えるから問題なし。もし仮に子犬の姿に見えたとしても、見間違いだと思うはずだし、騒ぎになることはないと思っていたのだ。
それに――階段を使って一階に降り、玄関から直接外に出ることも考えたが…あまりにも人の目が多すぎてそれは却下。
白い子犬のフリをしている以上、見つかればティア達にすぐに伝わっちゃうし。気ままな一人の散歩は中止になりティアの元に連れ戻されてしまう。それじゃ、つまんないよね。
これはちょっとした冒険でもあり、主神フィヌイとしてのお忍びなのだ。このわくわく感がちょっと楽しいんだよね。
おやつの時間は今回は諦めるけど、夕方までには宿には帰る予定だから大丈夫なはず! そうフィヌイは軽く考えていたのだ。
ご機嫌な様子で建物の境にある石造りの塀の上を、てくてくとしばらくの間歩いてみる。
ぽかぽかの暖かい日差しのなか、そよ風が心地よくって気持ちがいい。
高い位置にある塀ということもあり、少し先にある大きな湖もよく見えるし、淡い色合いに統一された綺麗な街の建物。空色や黄色、緑色など色とりどりの建物がうまく合わさって、王都とはまた違った感じの穏やかで美しい雰囲気だ。
フィヌイは座り心地が良さそうな塀の上にお座りをすると、そよ風に吹かれながらしばらくその景色を楽しんでいた。
だが、不意に下の方で女の子の声が聞こえたのだ。
「フィヌイ様…?」
――…ん? ええ!? なんでわかっちゃたの。
塀の下を見ると、六歳ぐらいの小さな女の子がこちらを見上げていたのだ。
僕の位置からだと距離もあるし、普通の猫のように見えなくもない。よし、まだ誤魔化せる! 毛がふさふさの白猫のフリをしよう。フィヌイはそう考えると猫のフリをするため一声――
「キャウ!?」
――あれ…? そうか、狼の姿だからニャ~とは鳴けなかったんだ…。
「うあぁ、やっぱりフィヌイ様だ! お空から降ってくるのが見えたから、やっぱりそうだったんだね!」
女の子は目を輝かせ、花が咲くような笑顔で喜んでいた。
――いや、そうじゃないんだよ! お空から降ってきたんじゃなくて。つい、めんどうだから宿屋の三階の窓から、街の中に飛び降りただけなんだけど…。
でも…この女の子。心が綺麗だし良い子みたいだから、このまま走って逃げるのもかわいそうだしな。
よし! まだ、時間もあるから子犬のフィーとしてしばらく一緒にいよう。女の子の興味がなくなればそっと離れて宿に戻ればいいしね。
フィヌイはそう決めると、塀の上から女の子めがけて思いっきりジャンプ! つまりは飛び降りたのだ。