フィヌイの散歩(3)
リューゲル王国の主神フィヌイは――現在は真っ白の子狼の姿をしている。
だが、本人としては怪しまれないため可愛い子犬のフリをして、ひとり食後の運動がてら街の散歩に出かけてから程なく。
聖女の護衛兼お世話係となってしまったラースは、ティアたちの隣の部屋でのんびりとくつろいでいた。相棒である鳥の霊獣ノアが届けてきてくれた情報を整理していたときのこと。
ドンドンドンドンドン――!!
突然、部屋の扉が激しく叩かれる。
一瞬身構えたが、見覚えのある気配にげんなりと肩を落とし脱力しながらも、めんどくさそうに扉の前へと向かう。
ちなみにノアは、大きな音にびっくりしてラースの後ろに隠れていた。
「わかった、わかった。今開けるから…一体何なんだよ」
扉の向こう側にいる、ティアに向け声をかけたのだ。
部屋の扉を開いた途端、ティアは勢いよくラースに抱きついてくると、
「――!!」
いや…正確には大きな犬が、懐ついている人間に向かい全力で突進、とびつくようなイメージだが…。
そんな印象がラースの頭の中に横切る。
「ラース、大変なの――!! フィヌイ様が… フィヌイ様が部屋にいないの!! きっとあまりにも可愛いから誘拐されたのよ!!」
「は…?」
訳のわからない発言に、ラースの思考は停止する。
あの犬っころが誘拐された…? 絶対にありえないだろ!!
だがそれよりも、今はティアの話を聞き落ち着けることが先だ。このままでは暴走に拍車がかかり、また面倒なことを起こしかねない。
「まてまて、どうしてそういう発想になるんだ。まずは、なにがあったのか話してみろ」
「グスッ…グス。私が一階の食堂から自分の部屋に戻ってみると…グスっ これよ。この紙が机の上に置いてあったの。それに部屋の中もすごく散らかっていたし、きっとフィヌイ様、私のいない間に誘拐されたんだわ!」
ティアは鼻をすすりながらも、握りしめていた紙をラースに手渡したのだ。ノアも気になるのか後ろからひょっこりと覗きこんでくる。
ラースは握られていた、しわくちゃになった紙をゆっくりと開くとそこに書かれていたのは…!
「なんじゃ、こりゃ!?」
「…!」
フィヌイの犬っころの足形がスタンプのように紙に押されていたのだ。ラースはその紙を握りしめぴくぴくと痙攣し、ノアもあっけにとられたように、きょとんとしている。
「きっと、フィヌイ様からのメッセージだわ!! 誘拐される寸前に、紙に自分の肉球を押しあて、私たちに助けを求めたのよ!」
「……」
ティアの奴、完全に暴走してやがる。
一瞬、意識が遠くなったがなんとか踏みとどまると、ラースは冷静な口調で伝える。
「ただ単に、どこかに出かけてくるから心配するなって意味じゃねえの?」
「そうなのかな。でも、心配で…」
そう――主神フィヌイの言葉を正確に理解したのはティアではなく…ラースだった。
だが、ティアはまだ納得していない様子で、
「よく考えてみろ。仮に誘拐されたとしても、あの犬っころのことだ。捕まえた連中を簡単に壊滅させ、素知らぬ顔で明日にでも宿に戻って、部屋で昼寝でもしてるんじゃねえのか。だが、もしそうだった場合…後始末の方が大変そうだが…」
「あ、たしかに…。ディルの街のときだってフィヌイ様、私たちのことを助けてくれた」
ラースはティアの頭の上に、ぽんと手を置くと。
「とりあえずしばらくは、様子見だな。もし今日戻らなければ、明日探しに行けばいいだろ。その時は俺も探してやる」
「うん。わかった…」
ラースの言葉にティアは安心したのか、素直に応じたのだ。