穏やかな風
太陽の光りが温かい、ぽかぽかしていい陽気だ。
・・本当に平和だ~
神殿にいた頃は、こんなに野原でのんびりできる日が来るなんて思ってもみなかったなあ。
なんて、幸せなんだろう。
昨日の夏至を過ぎ、外で過ごすのには良い季節となった。野宿だってできるくらいの温かさだ。
本当に神様に感謝しなくてはいけないと思っていると、
その神様は――今は見た目は子犬の姿で、近くの花畑で蝶々を追っかけ遊んでいる。
ウサギのように大きく飛び跳ねて、バランスを崩して着地に失敗してもまた、ぴょんっと飛び跳ね何事もなかったように走り回っている。
その姿は全然、神様に見えない。
けど・・その姿を見ているだけで癒されるし、目の保養にもなるのだ。しかも、疲れも取れるし良いこと尽くめだ。
でも、そろそろ声を掛けなくてはいけない。
その愛らしい姿をもっと見ていたいと本心では思っていたが、旅のことも考えないといけないし、ティアは泣く泣くフィヌイに声をかける。
「フィヌイ様、そろそろ出発しなくても大丈夫ですか?」
「もうちょっと遊んでからね。ティアも、慌てなくていいからもう少し休んでいなよ」
それじゃ、お言葉に甘えてと自然ともふもふを満喫し、もう少しゆっくりすることにしたのだ。
王都リオンを出てからは、しばらくは街道沿いを歩き道なりに進んでいると、フィヌイ様が脇道に入ろうと急に言いだしたのだ。
それに従いさらに歩いていると、この野原へとたどり着いたのである。
そのまま神様が遊び始めたので、自然に休憩となり今に至るというわけで。
ちょうど、綺麗な湧水もあったので空の水筒に水を入れておくことにする。
天気もいいし、フィヌイ様が遊びに飽きるまでとことん付き合うことにしたのだ。
しかし何もしないのも勿体ない。待っている間にカバンの中からこの辺りの地図を取り出し、現在地を確認することにする。
近くの村まではここから遠くはない距離。遅くても昼過ぎに出発して夕方までには着ける計算だ。確かにそう慌てることもないようだ。
しかし、この地図古いものじゃないな・・最新のものだ。アイネ先生たら、わざわざ新しい物を買ってくれたのだと今更ながらに気づき、
それに地図だけじゃない。保存食や薬草まで最近買ったり、補充したものだ。
中古品だけでは足りないから、わざわざ新しいものを買い揃えてくれるなんて、その心遣いにひたすら頭が下がる。
いつか、恩返しをしなければとティアはそう思ったのだ。
穏やかな風が吹いて、ほんとに晴れていい天気だ。
走り疲れたのかフィヌイ様は、今度は白い花や土の匂いを嗅いでいる。
そういえば、フィヌイ様は主神としてずっと神殿の中にいたのだもの。そりゃ、神様だってたまには思いっきり駆け回りたいだろうとそんなことを考えていると、
気がつけばフィヌイ様は、いつの間にか大きな白い狼の姿に戻っていた。
光に照らされて毛が銀色に輝いて見え、
鼻先を天に向けると風の匂いを嗅ぐような仕草をしている。
――そろそろ良い頃合いかな。ティア、そろそろ出発するから準備して!
突然、声を掛けられティアは少し驚きながらも、広げていた荷物を慌ててカバンへとしまう。
どうやら、気まぐれな神様の神託のようだ。
まあ、急ぐ旅でもないし気ままに旅を楽しむのも悪くはないだろう。
元聖女のいる神殿のことなど気にもせず、ティアは思う存分旅を満喫していたのだ。