フィヌイの幻
――ティア!
名前を呼ばれ、目を開けるとそこには知らない男の子がいた。
男の子といっても、私と同じぐらいか少し上だろうか。
ニコニコとよく笑う、白を基調とした古風な服を着た銀色の髪の少年。しかし惜しい! もう少し大人になれば、かなりのイケメンになること間違いなしだが……。でも待てよ。
……はて? こんな男の子、会ったことあったかな。向こうは私のこと知っているみたいだけど……
待てよ! 青い瞳に、銀色の髪って……まさかのフィヌイ様ぁぁああぁ!!
フィヌイ様が人の姿で現れたことに、私は衝撃を受け絶叫していると、またまた私の名前が呼ばれたのだ。
――ティア、ティアったら!!
今度こそ、私は意識を取り戻し我に返ると、そこにいたのは大きな狼の姿をしたフィヌイ様。
私は内心、ほっと胸を撫で下ろす。
良かった……人の姿のフィヌイ様じゃなくって……やっぱりただの夢、もしくは幻だったんだね……
神々しいほどの美少年やイケメンだったら心臓に悪いし、危うく免疫がないから失神するところだったよ。
そんな場違いな、恥ずかしい考えはどうでもいいので、いったん隅に置いておく。
私は慌てて意識を現実に戻し…周りを見て大好きな人たちの無事を確かめたのだ。
「よかった。フィヌイ様、無事だったんですね…」
首元に抱きつくと、久しぶりの大きなもふもふを心ゆくまで堪能する。そして心が落ち着いたところで、あらためて周りを見回すと、あいつが無事だったことにホッとしたのだ。
「ラースも死んでなかったんだね。良かった…ほんとうに心配したんだから…」
「…勝手に殺すな。だが、危なかったことは事実だな。これも主神フィヌイの加護のお陰ってやつか」
そう言いながら大きな傷口があった、お腹の辺りに片手をあてたのだ。だがそこには、今はもうあの痛々しい傷跡はなかった。傷口そのものが初めからなかったように塞がり、服には穴だけが開いていた。
フィヌイ様がラースを助けてくれたのだろうと、ティアは察したのだ。
そんなフィヌイは鼻先をティアにすり寄せると、
――心配をかけてごめんね。けど話は後で。今は結界を急いで張り直そう。このままじゃ、邪神の力が強まり大変なことになる。
「はい!」
私が勢いよく返事をしたその時――
「まだだ!! まだ、終わってはいない。貴様らの好きにさせるものか。あの方の…邪神の再度封印などさせはしない!」
「もう、終わりだ。諦めろ!!」
「そうだよ。これ以上、なにをしようって言うの…!」
血を吐くようなクロノスの声にラースとティアの声が重なり、
「私自身が贄となり、あの方の魔石を使えばいい!! そうすれば、この世界は終わる!!」
クロノスは自ら魔石を飲み込むと、笑いながら祭壇の柱から跳び下り瘴気が最も濃い渦の中へと消えていく。
それは止めることすらできない一瞬の出来事だった。
そしてほどなく、息苦しくなるほどの濃い瘴気と、黒い稲妻のようなものが周りを囲むように落ちはじめたのだ。
――ティア、急ごう。僕の神力にティアの力を合わせて――!
ティアが頷くのを確認すると、フィヌイは大きな白狼の姿で天に向かい吠えたのだ。ティアはそれに合わせるように広範囲の治癒の奇跡を地下にむけとき放つ。
そして、辺りはまばゆい光へと包まれ――全ての終わりが訪れたのだ。