~閑話~ フィヌイの神託、それぞれの思惑
リューゲル王国の主神としてまつられているフィヌイは、神々の中でも大きな力をもち、大地の豊穣と繁栄、勝利をもたらす神だ。
そして気まぐれな神としても知られている。
神話の時代からの伝承では、一か所に定住することはなく、ある日突然ふらりと旅に出て姿をくらましてしまうのだ。
だが、聖女と共にあるようになると、定住するようになったと伝えられている。
またその姿形も気まぐれな神で、人の姿でいるときもあれば、獣や鳥など気分によってその姿を自由に変えていた。
ただ、青い瞳と白銀の毛は変えず、人はそこから神かどうかを判断したという。
そして共に過ごす聖女の望む姿形を取り、現れるとも伝えられていた。
神殿の中にある祭壇の間にて――
昨日の朝までそこにあったはずの神像は、祭壇の上はなかった。床に落ち真っ二つに割れていたのである。
神官長はそれをじっと見下ろし、うわ言のように呟く。
「神託が下ったのだ・・。主神フィヌイ様が神殿を出ていくと・・」
神殿を離れている間に、こんなことになっていたとは・・
今日の早朝に神殿戻った途端にこの有様だ。
頭の悪い女が、勝手に下働きの娘を追い出したりするから、こんな厄介なことになる。周りの神官連中も役に立たず・・考えただけで胃がムカムカする。
例の頭の悪い女は、神から聖女の資格を剥奪され、混乱し泣きわめいていた。
――聖女でいられるように朝夕の祈りは欠かさず熱心に行っていた。なぜ、資格を剥奪されたのかわからない・・とか、下働きの地味娘が私を陥れただの、今頃は私を馬鹿にして笑っているだの・・訳のわからないことをほざいている。
性格の悪いお前に愛想をつかし、神がお前を見捨てただけだろ!と思ったが、それを言ったところで、アリアは受け入れはしない。
日ごろから、自分以外の誰かが全て悪いと思っている頭の悪い奴だ。
まともに話をするだけ時間の無駄というもの。
それに今、神殿に聖女がいないことを気づかれるわけにはいかない。
民衆の動揺もあるが・・
それ以上に現在の国王陛下は王太子殿下と共に神殿に対し、友好的な雰囲気ではないのだ。政は自らの力で進めたいと考え、神殿を煙たがっているお人だ。
聖女がいないと分かった途端、理由をこじつけ神殿の権威を奪いに来るだろう。
偽物とはいえ、元聖女のアリアにはまだ働いてもらわないといけない。
現在の聖女は・・おそらくはここで下働きをしていた娘、ティア・エッセンの可能性が非常に高い・・。その傍に、我らが神フィヌイ様も必ずおられるはず。
まずは秘密裏にティア・エッセンを見つけ、連れ戻すことが先決だ。
アリアはいつでも切り捨てられる。
まずは神殿の異変を気づかれぬよう、アリアをなんとかなだめて、今日の天赦祭はいつも通り行う必要がある。
だが、あいつは聖女の奇跡を使えない役立たず。その穴埋めとして代わりに神官が治癒を行い、重病人に関しては適当な理由をつけて断るしかない。
一刻も速く、聖女を保護し神殿に連れ戻さなければ、国王陛下に知られる前になんとしてもだ・・
神官長は自らの保身のため、これから先のことに思いを巡らせていたのだ。