東の門へと向かう
「これなら人が大勢いる場所でも大丈夫そう。ありがとうございます、フィヌイ様!」
ティアは喜んでいたが、フィヌイは不満そうな顔でむくれていた。
――つまんない。せっかくお揃いだったのに・・
「できるだけ・・リスクを避けるためですから。これで快適な旅が楽しめるんですよ。ね、だから機嫌直してください」
――わかったよ・・僕もティアと旅をしたいから、それくらい我慢する。
フィヌイも納得してくれ、ティアはほっと胸を撫で下ろしたのだ。
――ねえ、ティア。普通の距離なら瞳は水色のままだけど、至近距離で顔を見られないように注意してね。
「・・?」
――光の屈折で、遠目には色が変わったように見えるけど、すごく顔を近づけると青い瞳だってわかっちゃうんだ。青い瞳は神の代弁者の証、これだけは譲れないよ。
「それなら、大丈夫ですよ」
至近距離で顔を見られることなどまずないだろうと、その時のティアは軽く考えていたのだ。
「そんなことより、ここから大通りに入ります。すぐに東の大門が見えますから、カバンの中に隠れてください。私もここからはフードを深く被って顔を隠すことにします」
フィヌイは素直にカバンの中へと潜り、ティアもフードで顔を隠した。
リューゲル王国の王都リオンは、かつては城塞都市とも呼ばれていた。
戦乱の時代の名残もあり、王城を中心として隣には神殿と庁舎があり、その周りに街が広っている。さらに、その周りはぐるっと城壁に囲まれていたのだ。
外へ出るための門は東と西にひとつずつあり、ちょうど街道に沿って門が造られている。
今、見た目は子犬にしか見えない主神フィヌイの神託は、東の大門から街道沿いを歩くようにとのことだ。
そう言ってしまえば大袈裟に聞こえるが・・
――行きたいところはある? と聞かれ、ティアがふるふると首を振ったので、それじゃこっちね。――と簡単に決められてしまったのだ。
身支度を整え大通りに入ると、通りは大勢の人であふれていた。
フィヌイ様にカバンに入ってもらったのは正解だったかもしれない。と思いつつ・・いや、神様だから姿を消してもらえば良かったのではと・・今更ながらに気づくティアだった。
しばらく道なりに歩いていると、見上げるほど大きな巨大な門がその姿を現す。
門の左右には、背が高くがっしりした衛兵が数人立っている。これは想定していた通り。
だが、それに加え数人の神官の姿も見える。しかも気まずいことに顔見知りの姿もある。これは、私のことを探しているとみて間違いなさそうだ。
ティアは顔が見えないようにフードをさらに目深く被る。門を通るだけ、歩くだけなのに喉がからからに乾いて緊張するし、足元もおぼつかない。
ふと、門の横にある見張り台を見ると、黒いローブ姿の人物がこちらを見ていたのだ。
・・なんだか不気味だし嫌な予感がする。神官たちよりも、こいつの方が危険な気がする。
フィヌイ様はカバンの中で丸まっているが、今は絶対に声を掛けない方がいい、そんな気がしたのだ。
いつもと同じように歩こうとしたが、足が震えていた。
どうしよう、見つかっちゃう・・そんな考えに囚われていると、ラベンダーの匂いにふんわりと包まれたのだ。
アイネ先生から貰った、このローブの匂いだとすぐに気づき。
ラベンダーは確か防虫剤として使われている。不思議なことにこの香りを嗅いでいると心が落ち着いてくるのだ。
カバンの中のフィヌイ様の温もりと、ラベンダーの香りに助けられ、ティアは冷静さを取り戻し。
ひたすら前を向いて、石畳を歩くことだけに集中する。そして気がついた時には門の外にいた。
思わずほっと息を吐くと、群衆に混じり休まずそのまま街道を歩き続ける。
しばらく歩くと、初めて後ろを振り返ったのだ。
フードを首の後ろに落とすと、眼下に広がる街を眺める。
「街があんなに小さく見えるんだね・・」
ここでようやく、もぞもぞとフィヌイはカバンから顔をだしたのだ。
――そうだね。ここからが、ティアの旅立ちだね。
ティアは笑顔で頷く。
不安がないと言えば嘘になるが、それよりもわくわくした気持ちのほうが大きかった。
自分の足で、これからの未来を進んでいける。そのことが何よりも嬉しかったのだ。