~閑話~ 選ばれし聖女(4)
――私は、行く当てもなくふらふらと街を彷徨っていると、ふと見知らぬ男が声をかけてきたのだ。
黒いローブを羽織いフードで顔を隠してはいたが、身なりからもその辺のごろつきとは明らかに違う。
その立ち振る舞いから高貴な家に仕えている者だということがわかる。なにより、強い魔力を感じたのだ。
只者ではない――そのことだけは見抜くことができた。
その男が言うには、フィヌイ様は邪悪な存在に御身を狙われ危険が迫りつつあるという。
今はある存在に惑わされ新しい聖女を選んだが、それは偽りの聖女。
――その聖女の名はティア。
どうかこの国の主神フィヌイ様を取り戻すために、本当の聖女である貴女の力を貸してほしいと……
そうだ。やっぱりそうだったのだ! ティアはフィヌイ様を私から奪った偽物の聖女。やっぱりこの私こそが本物の聖女だったのだ。
それに…再びフィヌイ様の加護が得られ聖女と認められれば、ルシアス様の愛だって取り戻せる。
私は希望を見出し、自分に与えられた使命に酔いしれていた。そして私は…その言葉を信じ、迷わず申し出を受けるとその男の手を取ったのだ。
だが、アリアは気づいてはいなかった。
男がフードの下では酷薄な笑みを浮かべていたことに。まるで、これだから欲深く愚かな人間は騙しやすくて助かるとでも言いたげに……
もし…ここで彼女が冷静に物事を判断できていれば、この申し出そのものがおかしいことに気づいていたはずだ。
だが、アリアは現実を見たくはなかった。自分を否定する言葉など一切聞きたくもない。彼女にとって、都合の良い言葉しか欲しくはなかったのである。
かくして偽物の聖女からこの国の主神フィヌイ様を取り戻すためだと信じきった私は、黒いローブの男の仲間となり旅へ出ることを決意したのだ。
――そして今、目の前には私から全てを奪った偽物の聖女ティアがいる。
近くに必ずフィヌイ様もいるはずだが…おかしい。姿がまったく見えないのだ。気配は確かにするのに…
その代わり、見るからに知能の低そうな、間抜け顔の白い犬がティアの傍で私のことを見上げてはいるが…?
これは違う――! だって威厳と高貴さが全く感じられないもの。きっとティアが隠しているに違いないわ!
だけど…驚いたことに、遠い昔に離れ離れになった兄の姿も見えたのだ……。
そうか! 邪悪な存在が兄を取り込み私に揺さぶりをかけているのだ。フィヌイ様を取り戻し、早く正気に戻さなければと私は使命感に燃えていたのだ。