~閑話~ 選ばれし聖女(2)
私は神官様達に連れられ、王都の神殿へとやってきた。そこで聖女としての生活が始まったのだ。
国の象徴となる立派な聖女になるため、教養や礼儀作法、高度な魔力の扱い方。または多くの知識や、王族や上流階級の方々への接し方などを懸命に学んだ。
聖女はフィヌイ様と共に国の象徴となる存在。
フィヌイ様に恥ずかしくないよう必死の努力を私は惜しまなかった。
その甲斐あってか、夢のような嬉しい知らせが届くことになる。それは一目見たときから心を奪われていた、この国の第二王子ルシアス様との婚姻が決まったことだ。
これまでの努力が報われたと感じた瞬間だった。
けれど、それも日が経つにつれ私は選ばれた特別な存在、尊き聖女なのだから人並み以上に幸せになることは当たり前だと、これらの恩恵も受けて当然だと思うようになっていったのだ。
みんなが私のことを聖女だと敬い、頭を垂れ、私の言うことは何でも聞いてくれる。それが私の中では、当たり前のことに変わっていってしまった。
神殿での祈りもしっかりできているし、聖女としての役目も果たしている。何も問題はないはずだと、当時の私はそう思い込んでいた。
私はいつしか、昔なら当然のようにできていた他人を思いやる優しさや、謙虚さを無くしていたことに気づかなかったのである。
その時からだろうか…フィヌイ様の表情が悲しく曇り、神託の声も昔に比べ聞こえづらくなってきたことに、私は気づいていなかった。
そんなある日、聖女としての力がここ最近、弱くなってきたのではないかと不安が心によぎり始めていた頃、孤児院出身の娘が、神殿に下働きとして入ってきたのだ。
見た目もパッとしない、どこにでもいるような地味で普通の娘。
だがフィヌイ様は、その娘…ティアをことあるごとに気にかけていた。
言葉ははっきりとは聞きとれないが、雰囲気だけで何となくわかってしまう。不器用だけど一生懸命に働いているよね。とか本当によく食べるんだねとか目を丸くしながら楽しそうにしている気配が伝わってくるのだ。
どうして…私が聖女なのに? なんで、そんな娘の事なんか気にかけるの?
このままでは、フィヌイ様の心が私から離れてしまう。ひょっとしたら、ティアを次の聖女にと考えているのかもしれない。
そうなれば私の聖女としての地位も、愛しのルシアス様との婚姻も破談になってしまう。
もしかして、最近ルシアス様が他の女どもと親しくしているのは一時の気の迷いではなく、聖女としての私の力が衰えてきたことに気づいたのでは…
どうしよう…。 このままでは全てを無くしてしまう。もとの貧しい生活に戻るなんて絶対にいや! なんとしても、フィヌイ様が関心を寄せているティアを神殿から追い出さなくてはいけない!
その思いに駆られると、私はティアを神殿から追い出そうと様々な嫌がらせを始めたのだ。
今思い返せば――フィヌイ様の私をいさめる声が聞こえてはいた…。だが私はティアが一方的に悪く、自分には一切の非などあるはずがない! と思いこみ、なにも聞こえないふりをしていた。
それに散々いじめたのに、あの娘はすぐに逃げだすどころか、必死に耐えている。なんてしぶとい娘なの! そんな誤った憎しみに私の心は支配されていた。
なんとしても、たとえ濡れ衣を着せてもティアをここから追い出さないといけない! 私は必死に考えを巡らせたのだ。
だがそんなある日、偶然にもフィヌイ様の像が落下する現場を目撃する。そして、近くにいたティアが像を壊したことにして、ついには神殿から追い出すことに成功したのだ。
これで私の聖女としての地位も安泰! 今夜からゆっくりと眠ることもできる。心から喜び打ち震えていた時、突然、雷に貫かれたような衝撃が身体を貫いたのだ。
そして、はっきりと聞こえたのだ。
――アリア、君の聖女としての地位を剥奪する! 今までは…昔みたいな優しい子に、いつの日か戻ってくれるんじゃないかと思ったけど……本当に残念だよ。僕の加護を受けるには君はふさわしくない! 普通の人として、優しい君に戻ってくれることを心から僕は願うよ。
その声を最後にフィヌイ様の声が全く聞こえなくなり、私は聖女の力を完全になくしてしまったのだ。
私はその場に崩れ落ちると、衝撃のあまり震え、立ち上がることができなかったのである。