交渉成立?
どうやらこのイケオジは、工房の親方のようだ。
そして見習いの子が工房に戻ったのを確認するとこちらに顔を向け――それだけで場の空気が完全に変わっていた。
そう、あのラースが焦りをにじませるくらいに……
ということはこの親方、相当強いということなのか? でも、たしかに見た感じ腕力では勝てなさそう。あの丸太のような腕で殴られたら最後、一撃でこの世とはお別れし天界へと旅立ってしまうような…
そんな空気の中、あいつは完全なはったりなのか不敵な笑みを浮かべていた。
「ああ、知っている。さっき見習いが言っていたからな…。だが、ここには装飾品の細工を得意とし、高度な『魔石』すら扱える、相当な腕を持つ職人がいるはずだ!」
「さあ、どうだかな」
眉一つ動かさず、親方は平然と答えていた。
しかしラースの奴、さっきから『魔石』なんて言葉をはっきり言っちゃってるけど、大丈夫なのかな。まあ、私も青い特殊な宝石なんて言ったし、人のことは言えないけどね。
しかしこの親方、相当な場慣れしているのか…かなりの威圧感がひしひしと伝わってくる。年の功の貫禄とでもいうべきか、ラースの鎌かけにも歯牙にもかけず、また動揺すらみせず平然と答えている。
だがこの状況とはまったく関係のないことに、私の思考は気がつけばあさっての方向へと移っていったのだ。
なるほど…! この親方よ~く見ると、目鼻立ちは整っていて若い頃は相当なイケメンだったとみえる。
声も渋くよく透っているし、これで神官長の役職に就いて民衆向けに説法とかしたら、マダムの信者が増え神殿の寄付金がかなり増えそう。鍛冶職人にしておくのなんか勿体ないな…
目の前のやり取りとはまったく関係のないことを、気がつけば私はぼんやりと考えていた。だが、ふいに現実へと引き戻される。
「どうでもいいが、そろそろ帰ってくれないか。こちとら仕事の邪魔になるんだよ! まあ、それでも動かないっていうんなら強制的に帰ってもらってもいいだが、どうする?」
それとなく親方は眼光を鋭くし、さらに圧までかけてきたのだ。
あ、どうしよう。気がついたらよくない展開になっているぞ…。
「す、すみません! 連れが大変失礼なことを、本当に申し訳ありません!!」
私は親方に向かい慌てて、ぺこぺこと頭を下げ謝ったのだ。
だが、その時――肩掛けカバンの中が、前後左右にごそごそと大きく動く気配がした。ふと見ればカバンの隙間から子狼の姿をしたフィヌイ様がひょこっと顔をだしたのだ。
小さな隙間から一生懸命、顔と前足を出すしぐさがなんとも可愛らしい。白いふさふさの耳がぴんと跳ねて、こんな時でも癒しを提供してくれる。さすがはフィヌイ様!
「ギャウギャウ、キャウキャウ――!」
――ちょっと待った! 加護を授けているティアに対しその態度、黙って見過ごすわけにはいかない。それにこれは、神としての僕からの依頼でもあるんだ。魔石を使っての加工、引き受けてもらうからね!
カバンから顔と前足をだすと、フィヌイ様は親方に向かい言葉を投げかけていた。でも…多分聞こえたのはギャウギャウていう鳴き声だけだよね。
予想通りというべきか…その瞬間、みんなの視線がフィヌイ様に集まり……辺りは微妙な空気に包まれたのだ。