スヤスヤとおやすみ中
セピトの街は古代遺跡の観光だけでなく、装飾品の細工で栄えた街としても有名だ。
その起源は古く、神々がまだ地上で人と共に暮らしていた時代まで遡る。セピトはそのころから鍛冶職人の街として知られていたようだ。
だがその頃の職人たちは、まだ武器や防具を中心に作っており、装飾品にはそれほど力を入れていなかった。それが時代の流れなのか、戦乱の時代も終わり平和な世が訪れると、武器以外の物にも力を入れ始めるようになる。
農具や生活用品の他に、剣などの細工に施していた技術を活かし装飾品にも力を入れるようにようになってきた。そのころからセピトは装飾品の細工の街として知られるようになってきたのだ。
それに、この街の職人たちの技術は高く、腕のある者たちが競い合い技術を磨きあい、現在ではいくつもの工房が軒を連ね、国外からも商人が買いつけくるほどだ。小さな街だが観光客と共に街は賑わいをみせていた。
太陽の光が強くなり始めた昼近くに、ティア達は鍛冶職人の工房が集まる通りに向かい歩いていた。
ちなみにフィヌイ様はというと、いつもの子狼の姿でティアのカバンの中でスヤスヤとおやすみ中だ。
夜遅くまで起きているつもりだから、朝きっと起きれないという自信があるんだ。だから明日はカバンの中でゆっくりごろごろするつもりでいるんだ。外もあまり歩きたくない気分だし、だから後はよろしくね!
と昨日の夜、眠りにつく前…尻尾を振りながらフィヌイ様はそんなことを言っていたような気がする……
いつものことだが、相変わらず自由気ままな神様だなとティアはそう思った。まあ、そんなところもまた可愛いんだけどね。
「……」
「……」
しかし…今日に限ってはフィヌイ様がいないとなんか気まずい。ほんとうに気まずい空気が流れているのだ。
カバンの中にいるとはわかっているが、ラースとは実質ふたりっきりの状態なのだ。
「ねえ、ラース、もしかして昨日のことまだ怒ってる…?」
「そんなわけないだろ…俺はそんなに心の狭い奴じゃない」
とか言いながらもいつもの目つきの悪さもさることながら、これまたいつもの不愛想な顔に、さらにむすっとした表情が追加されていた。
「そんなことよりも、あいつはどうしたんだ。今日は姿を見せていないが…」
「ええと……今は私のカバンの中でおやすみ中かな。…まあ、フィヌイ様のことだからそのうち起きてくるって」
私はいつものことだし特に気にせずにうんうんと頷いていたが、ラースは呆れたような顔をして私とカバンを交互に見つめていた。だが、やがて深いため息をつき。
「まあいい…。お前らに、とやかく言うのは時間の無駄だと最近、悟ったからな…」
「うん、そうだね! ストレスがたまったら身体にも悪いし」
「お前が言うなよ。たく…もう少し自覚を持てよな。…まあとにかく、これから鍛冶師たちの工房がある通りを見て回るつもりだったんだが、その時にあいつの意見も聞けたらと考えてたんだが、この調子じゃな……」
「大丈夫! 肝心なところでは絶対に目を覚ますよ。なんとなくだけど…」
「……」
根拠のないことを腰に手をあて自信満々で言い切るティアに、ラースは開いた口が塞がらなかった。
いつものこととはいえ、こんな調子でティアとラースは話をしながら、鍛冶師の工房が集まる目抜き通りを何気なしに歩いていたのである。
カバンの中からは微かにフィヌイ様のすぴーすぴーという寝息が聞こえてくる。
昨日は、星を見るため夜明け近くまで起きていたみたいだし、今はそっとしておこう。
自由気ままだけどそういうところが、また可愛いんだよねとティアは満面の笑みを浮かべながら心の中でそう思ったのだ。