色恋よりも・・・
「どうしたの? 珍しく元気ないみたいだけど、体調でもすぐれないの…」
「いや、そういうわけでもないんだが……。ちょっと嫌なことを思い出しただけで、本当にたいしたことじゃないんだ。悪いな心配かけちまって」
ティアの問いかけに、まさか…昼間に話したおばちゃんから駆け落ちだと勘違いされたなど、本人を前にして言えるわけもなく。
しかもそのことが万が一にも……セレスティア殿下の耳に入ったらと思うと、考えただけで恐ろしいなどラースは口が裂けても言えなかった。
「いろいろ大変なんだね。無理にとはいわないから……もし、私で良ければ相談にのるから。それでなくてもきっと何とかなるって」
「ああ、そうだな。悪いなこんな話しちまって……」
「ううん、大丈夫」
ティアはラースに優しい言葉をかけながら、その目はテーブルに運ばれてくる料理へと向けられていた。
テーブルにはちょうど追加注文した肉料理二人前。牛ホホ肉の赤ワイン煮が運ばれてくるところで、ティアの熱い視線はその料理へと注がれていたのだ。
追加注文した料理がテーブルに並ぶと、ティアはラースの話を神妙な様子で聞きながらも、こっそりとラースの皿から自分の皿へと牛ホホ肉だけを移すことに専念する。
ちなみに自分の嫌いなつけ合わせの野菜は、抜かりなくラースの皿へと移すことも忘れてはいない。
そしてテーブルの下では、お行儀よくお座りをして待っているフィヌイ様の姿がある。
感情が抑えきれないのか、嬉しそうにふさふさの尻尾をぶんぶん振っている。目がきらんと輝き、この料理も食べたい! と無言の主張をしているのだ。
もちろんフィヌイ様にも肉料理は小皿に取り分け、ティアはそっと絨毯の上に置くことにする。この料理はよく煮込まれ火を通してあるから、アルコール分はほとんど飛んでいるはずだ。
それに本人が欲しいといっているのだ。子狼の姿とはいえ神様だし、まあ大丈夫だろう。
ラースが物思いにふけている隙に、ティアとフィヌイは全力で料理を平らげ、気づかれないようにこっそりと席を立ち部屋へと戻っていったのだ。気づかれるといろいろとめんどくさいのでそれを避けるためである。
「それで、明日についてだが…鍛冶職人が集まる通りに行こうかと思うんだが……!」
明日についての話をしようと顔を上げた瞬間、席には誰も座ってはいなかった。いつの間にかフィヌイの姿も消えているし…
ふとテーブルにある自分の皿を見てみると、そこには二人分の付け合わせの野菜と申し訳なさげに肉がひと切れだけおかれていたのだ。
一目見た瞬間――ティアの仕業だということに気づき、
「あいつ…嫌いな野菜だけを俺に押しつけやがって……!」
聖女としての自覚が最近は少し出てきたと、ほんのちょっと見直していた矢先にこれである!
昼間言われたことなど絶対に現実になることはないと、野菜の付け合わせを口の中で噛みしめながらラースは強く思ったのだ。