静かな夜~中編~
ティアはベットの中で、ふと自分の手を毛布からだすと右手をまじまじと見つめる。
「そういえばフィヌイ様。私・・ちゃんと癒しの御手使えていたのかな。患者さんたち具合が良くなったように見えなかった。ほんとうに大丈夫だったのかな?」
――ティアはちゃんと務めを果たしたよ。患者たちの病も、傷も今は癒えている。
「でも・・患者さんたち、すぐに良くなったようには見えなかった」
フィヌイはどことなく悪戯っぽい表情で、
――だから『聖女』だって名乗ればよかったのに、その方が効果が大きいのにね。
「それは嫌です・・だいいち大騒ぎになるじゃないですか。それに聖女だっていうのがどう関係してくるんですか?」
――人には思い込みがあるんだよ。
「思い込み・・ですか?」
フィヌイはぶるっと震え、子狼の姿になるとティアの目の前にちょこんと座ったのだ。
――例えば、具合が悪いとか自分は病気だ。大きな怪我で傷口が痛むと思えば、たとえ治っていたとしてもその症状は続いていく。逆に聖女に治してもらったと思えば、実際に治っていなくてもその気になってしまうものなんだよ。
「それって・・気持ちの問題なのかな」
――そういうこと。本人たちも数日以内には治っていることに気づくんじゃないかな。でも包帯を巻いている人は、明日の朝には新しいのに交換するから、その時に気づいちゃうね。
「なるほど・・」
そうなれば大騒ぎになる前に明日の朝には救護院を出発しなければと、ティアは密かに決意する。
――そういえばティア、身体の調子はどう? どこか具合の悪いところはない。
「・・ん? 言われてみれば、眠る前はあれだけ関節の節々が痛み怠かったのに・・今はなんだか身体が軽いような。それになんだか朝よりも調子が良いみたいです」
フィヌイはふさふさの尻尾を嬉しそうに大きく振ると、
――良かった。僕の治癒の神力が効いたみたいだね。
「フィヌイ様が治癒の力を使ってくれたんですか?」
――えっへん。こう見えて僕は神様だからね。治癒系の回復も得意なんだよ。
もふもふの神様が肉球で治癒の力を使ってくれる。なんて贅沢!――とティアはまた視点がズレたところで感動していたのだ。
疲労もとれホッとしたのだろう。ふいにティアはあることに気づいたのだ。
お腹が空いたと思った瞬間・・ぐぅぅ~と腹の虫が途端に鳴り始める。
「そういえば、夕飯は・・!!」
――もう過ぎちゃったよ。今、夜中だよ・・
部屋の周りを見渡せば、フィヌイが使っているミルク皿が新しいのに変わっているではないか。
――言い忘れてたけど・・給仕係の人がさっき来てたよ。ティアが起きないから、僕のご飯だけ置いてそのまま帰っちゃった。その時、僕はしっかり食べておいたからお腹はいっぱいだよ。
ティアは恨めしそうにフィヌイを見つめると、
「ズルい。フィヌイ様だけ・・」
――いや、だってティア、起きなかったじゃない。
ティアはベットからむっくと起き上がると、上着を羽織り、
「今から厨房にいって、残り物でもいいからもらってきます!」
――夜中だよ!みんな寝てるってば・・
「これじゃ、お腹がすいて私が眠れないんです。なんでもいいから、貰ってくるのでフィヌイ様はここで待っていてください!」
ティアとフィヌイが騒がしく言い合いをしていたちょうどその時――
トントン・・
控えめだが突然、扉をノックする音が聞こえたのだ。