暗闇の先へと向かう(3)
―― あれ? この人…どこかで見たことがあるような……
ティアは眉根を寄せると、記憶の中を探っていた。
見たところ優しげな雰囲気の二十代後半ぐらいの男性に見える。
物腰がとても柔らかく、聖職者だと言われても違和感なく頷くことができるくらいしっくりしているし、
でも……まるで真冬の氷にさわったような底冷えのするような、ぞっとするような冷たさも感じるのだ。
記憶を探ってはみたが、私が下働きをしていた神殿にこんな人はいなかったはずだ。
それじゃ、一体どこで見たんだろうか? 神殿に出入りしていた多くの関係者の誰かだろうか……
ティアがそんなことを懸命に考えていると、フィヌイが語りかけてきたのだ。
――ティア、こいつは王都を出るとき東の大門から僕たちを見ていた奴だよ。それにね……僕が住んでいた王都の神殿に、王族たちと一緒によく出入りしていた奴だ。
「え……? でも私、この人のこと知らないと思います。よく神殿の礼拝に訪れる、王族一行の人たちの中にも見たという記憶もありませんし」
――こういう奴はその他大勢のフリをして、目立たないようするからね。こいつは警護として秘密裏に同行していたよ……まさか、こんなところで会うことになるなんて本当に残念だよ。
「お話し中のところ申し訳ありません……新しい聖女様。どうやら、フィヌイから私のことをいろいろと聞いているみたいですが、先に自己紹介させていただきますよ。ご察しの通り……私は『身食らう蛇』ウロボロスに所属しております、クロノスと申します。それほど長い付き合いにはならないかと思いますが、以後お見知りおきください」
「こちらも、長い付き合いなぞまったく望んでいないものでね……それより早めに尻尾をまいてここから逃げだしたほうがいいんじゃないのか。こっちには偉~い神様がついているんでね。怪我をするだけじゃすまないかも知れないぞ」
「ギャウ!!」
クロノスはにこやかに笑顔を浮かべていたが、ラースはきっぱりと強い皮肉で返したのだ。
そしてフィヌイ様も、子狼の姿で――そうだ、そうだ! とラースの言葉に賛同している。
「とくに長居をするつもりはありませんよ。用件はおおかた済みましたし、あとひとつだけ確認ができればこんなところに用はありません。すぐにでも帰らせて頂きます。こちらも、わざわざ神と正面から戦おうという愚かなことをするつもりもありませんしね」
クロノスは涼しい顔で笑みを浮かべ、すっと右手をティアの方に向けたその瞬間――
彼女のすぐ目の前で衝撃波といっしょに、火花が飛び散ったのだ。