暗闇の先へと向かう(2)
その瞬間――
「ギャヴぅぅぅ―――」
フィヌイ様は黒いローブの人物に対し、子狼の姿まま低い唸り声を上げていた。完全に相手を警戒し威嚇している。
そして――ラースもまた私を守るように前に立つと、いつの間にか抜身の剣を片手に持ち、構えていたのだ。
こんな状況は初めてかもしれない。
そんなに、目の前の人物は危険だということなのか。
坑道内に緊張感が張りつめるなかティアは固唾をのみ、フードで顔を隠しいる黒いローブの人物を見つめたのだ。
すると、長いような短い沈黙を破ったのは黒いローブの人物が発した声だった。
「おやおや、ずいぶんと嫌われたものですね…… こちらは攻撃の意志など示していないというのに」
驚くほど優しく柔らかい男の声だった。
もしこの声で、神殿で説法を説いたなら女性信者から絶大な人気がでるかもしれないとティアは思わず考えてしまったが、ラースは鼻で笑い飛すと、
「ふん、つまり裏を返せば……いずれは攻撃の意志を示すと言ってるようなものだろ。この気配、お前がこの村の人間じゃねえのはわかっているんだよ!」
「ああ、そういえば貴方…数日前にこの村に来て、薄汚いネズミのようにちょろちょろと我々のことをかぎまわっていましたよね」
「なんだと……!」
「ああ失礼…飼い犬の間違いでした。もちろん、捕らえることはできましたよ。でも、もしかしたら『聖女』を連れてくるかもしれないと思ったのであえて泳がせておくことにしたんですよ。気づいていましたか?」
ラースはぎりっと歯を食いしばっていた。
相手の方が一枚上手だったのかもしれない。向こうの思惑に乗ってしまったことが悔しかった……
だが、黒いローブの男はラースには気にも留めず、再びティアの顔を見ると微笑んだのだ。
「……やはり貴女が聖女でしたか。お会いできて光栄ですよ。なるほど…そこにいる白い獣が主神のフィヌイというわけですね。伝承では、その時の聖女により姿かたちを変えるとは聞いていましたが……前回は白い鳥で、今回は狼というわけですか。実に興味深いものです」
「ギゃヴぅぅぅ――!」
フィヌイ様はただ相手を睨みつけ唸っていた。問いに答えるつもりなど無いのだろう。
だが、ティアは相手を真っすぐに見据えると、
「貴方はいったい誰? やっぱりウロボロスの人間なの…… それになぜ私のことを知っているの?」
「ああ…これは失礼いたしました。そういえば、自己紹介がまだでしたね」
男は深くかぶっていたフードを首の後ろに落とすと、その素顔を見せたのだ。