遥か昔の結界
――これは、ずっと昔のお話。僕が邪神の脅威から人々を守るために張った結界のひとつであり、同時に邪神を封じる役目も果たしているものなんだ。
「へえ~、さすがはフィヌイ様! そんな凄いこともできるんですね」
――これくらい……どうってことないよ。
「……。」
ティアは瞳を輝かせると、尊敬の眼差しをフィヌイへと向ける。
もちろん顔はきりっとした精悍な白い狼だが、今の言葉にとても気分を良くしたのかフィヌイ様の尻尾だけは……大きくふりふり喜びを表していた。
しかしラースといえば……足元に描かれている魔法陣、いや結界の複雑な模様や文字をじっと見つめたままで、無反応そのもの。
ひょっとして先ほどの衝撃からまだ立ち直れていないのだろうか? とティアはちょっと心配になったが…
「この結界…魔力の形跡から、かなり広範囲に渡って張られているようだな。しかもフィヌイの力だけでなく人の魔力も使われている。それにここだけじゃない…他の土地にも同じものがいくつかあるはずだ。その全てが相互作用しあい、完成する種類の結界。そして、気になるのはここだ。ところどころで文字が擦れていて、効力が十分に発揮されていない箇所がある…違うか?」
――ふ~ん、人より魔力が強いから細かい魔力の動きも感じ取ることができるんだね……それに結界のことも、ずいぶんと詳しいみたいだ。どこで調べたのかな?
「俺に聞くまでもなく、お前だったらお見通しだろ……」
僅かな時間だったが、ちょっと物騒な雰囲気でフィヌイは目を細める。気が弱い人ならそれだけで腰を抜かしてしまいそうな威圧だ。
それでもラースは不敵な笑みを浮かべていたが、頬に汗が流れている。なんか一瞬、緊張が走ったような気がしたんですけど…
え? ……なに、なに、どういうこと? ティアは状況が掴めず二人(?)の顔を交互に見つめていた。
――まあ、今はそれは置いとくとして…… 僕にとっては本当に瞬きにも満たない時間だけど、人間にとってはかなりの年月が経ってしまったからね。こいつの言う通り、長い年月を経た結界はほころびが出てしまうものなんだ。そろそろ新しいのに張り直さないと、もたないなとは思っていた。
「……それを、ティアにやらせようというわけか?」
――ギリギリまで迷ったけど、簡単に言えばそういうことになるね。
「なんだ…そうだったですね。それなら喜んで! いつもフィヌイ様に助けてもらっていますし、それくらい聖女としてしっかり役目を果たしますから。どうか、任せてください」
「お前な…お気楽すぎるぞ! もう少し頭を使え……人柱とかになったらどうするつもりなんだ?」
「ラース……フィヌイ様はそんな酷い神様じゃないよ。それに私は、フィヌイ様が困っているなら助けてあげたい。それにこれは、私たち人のためでもあるんだし、私は聖女としてできることは力になるって決めたの!」
――ティア、ありがとう…
フィヌイ様は今は威厳のある大きな狼だが、子狼の姿のときのように、青い瞳をウルウルさせているような気がした。
やっぱり姿かたちが変わっても性格は同じなんだよね。なんだかくすぐったいようなほっとした気分に私はなったのだ。