人には大きすぎる力
その後、フィヌイ様は丹念に毛づくろいを始めていた。
自慢の白いふさふさの毛並み。ブラッシングとは別に、これは自分で丁寧にお手入れしないと気がすまないようで、
…きっと人には理解できない、この真っ白なもふもふを維持するための崇高なこだわりがあるのだろう! とティアは考える。
毛づくろいする子狼の姿をしたフィヌイ様。
いくら見ていても飽きないし本当に癒されるものだ。私はしばらくの間、その様子をうっとりと眺めていたのだ。
そしてフィヌイ様のお手入れが終わった頃合いを見計い、私は口を開くことにする。
「あの~ 前に村に入ったらここに来た目的を話してくださるってことでしたが、ラースも気になっているみたいですし、そろそろ聞いてもいいでしょうか?」
――うん! そうだね。村ではゆっくり話せなかったし……邪魔が入っても困るから今のうちに話しておこうか。
「はい、お願いします!」
「ラース、良かったね。これでフィヌイ様の話が聞けるよ」
「ああ、そう…だな…」
なぜか憮然とした表情まま、あいつは歯切れの悪いことを言う。
フィヌイ様は子狼の姿のまま、ちょこんとお座りをすると私たちの方に視線を向け、なぜかラースの顔をじーと見つめたのだ。
――こいつは感も鋭いし、魔力があるから薄々気がついているみたいだけど……この土地は膨大な魔力が秘められているんだ。
「へえ~、そうなんですか。とても心地良い所なんでフィヌイ様お気に入りの癒しの空間だと思っていました。ベルヒテス山みたいな感じで」
――フフフ……ティアはやっぱり面白い! そういうところ僕は好きだよ。
「いや~、えへへへ……」
褒められると、なんか照れてしまう。
ありのままの私を認めてくれる存在がいると言うのは素直に嬉しいものだ。
なにせ神殿で下働きをしていた時は、役立たずと罵られたり、嫌がらせを受けたりして……これから先、良いことなんてひとつもないんじゃないかと……気持ちが本当に沈んでいた時もあったが、今は違う。
もし、私にできることがあればフィヌイ様の為にできる限り力を尽くしたいと思う。
――僕にとっては、ティアが言ったように心身の疲れを癒す、安らぎの空間なんだ……でもね、人間の中には欲深いことを考えてしまう者たちもいる。そういう者たちにとっては特効薬のように見えるけど、最終的には魂まで蝕むような猛毒にしかならないんだ。他の人間もティアみたいに、癒しの空間と考えてくれれば……とても良い薬のままなんだけどね。
フィヌイ様は、なぜかとても悲しそうに話をするのだ。
「フィヌイ様は、人にとっては薬にもなれば毒にもなるって言いましたけど、具体的に聞いてもいいですか?」
――うん、そうだね。昔から…この地は、神々が地上で暮らしていた頃の名残を強く残しているんだ。この地に秘められた魔力はとても強く、良くも悪くも作用してしまう。つまり人にとっては諸刃の剣となる。昔・・僕はこの地の魔力を利用して邪神の力を封じる結界をつくった。けど、だいぶ昔のことだから結界の効力が弱まってきていて、だからそろそろ新しい結界を張り直さなければいけないって思っている。
「待ってください! それじゃ、ここに来ているウルボロスの奴らの目的は……」
――どうやらここの魔力を利用して、邪神復活を考えているようだね……。
フィヌイ様は真剣な表情で、真実を伝えたのだ。