グローリー・バランス・クロニクル(2042)
【サービス終了のお知らせ】
いつも『グローリー・バランス・クロニクル』をご愛顧いただきありがとうございます。
この度、『グローリー・バランス・クロニクル』のサービス終了が決定いたしましたことを、心よりお詫び申し上げます。
サービス終了の理由は、ゲーム内経済システムのバランス調整が不可能だと判断したためです。お客様には多大なるご迷惑をおかけいたしますが、今後のサービスの維持・運営を考慮した判断となりました。
以下、サービス終了に関する詳細をお知らせいたします。
◆サービス終了日時
2042/02/04 15:00
◆対象プラットフォーム
すべて(※)
※VWAVE Cloudを含む
◆サービス終了後の対応について
サービス終了後、『グローリー・バランス・クロニクル』のアプリケーションは利用できなくなります。また、有料アイテムやゲーム内通貨の返金に関する詳細につきましては、別途お知らせいたします。
今後、弊社はより良いサービスを提供するために努力を続けてまいります。引き続き、弊社をご愛顧いただけますようお願い申し上げます。
『GBC』チーム一同
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製造の工程はこうだ。
まず、紙を用意する。
とりあえず厚さと見栄えにだけ気を配っておけば、出所については問題にならない。遺跡マップ第五層に出現する【饒舌古書】のドロップ素材でもいいし、闘技場マップの倉庫にあるポスター用紙を盗んでくるという選択肢もある。しかし、マジック・スクロール用の羊皮紙は駄目だ。あれは分厚すぎてすぐにバレる。
パルプから製紙するという選択肢もあるし、このゲームの初期はみんなそうしていた。しかし設備投資にかかる時間的コストは大きいし、何よりどうしても事業が大規模になってしまう側面がある。よって仮想森林を仮想斧装備で切り開いて仮想地球温暖化を進行させるような行動は早々に見られなくなり、技術は出来合いの紙を加工する方向性で発展していくことになった。
紙を用意したら、それを長方形の形に切り取る。
この工程の実行方法については派閥が様々存在して、例えばあるプレイヤーはいくつかの攻撃用魔法を組み合わせることで自動化に成功したし、また別のプレイヤーは一部のフィールドMobの習性を利用した加工技術体系を組み上げた。両者ともに緻密で、ある程度の効率性も確保した手法と言えるだろう。
しかし、ペックスというプレイヤーのやり方は違う。
もっとシンプルで安上がりで、それにしては少々速すぎる手法を、『GBC』でも有数の権威を持つ彼は知っている。
人力だ。
「仕事の時間だぞ」
作業室と廊下を隔てる分厚い扉を開けると、ペックスは長机の前に座るデンコーに声をかけた。デンコー……あご髭が目立つそのNPCも準備万端のようで、少々大げさな頷きでそれに返しながら、机に置いてあったナイフを手に立ち上がった。ペックスが脇に抱えていた紙束を机に広げ、デンコーはそれをどんどん長方形にカットしていく。極めて高速だ。
その短いナイフの切っ先には、斬撃系アクションスキルのエフェクトがちらちらと見える。ペックスはそれを見て思い出したのだが、元はと言えば、デンコーは剣士だった。
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2030年代中盤から後半にかけてのフルダイブVRゲーム業界は、「グラフィックや空気感をとにかくリアルにする」という風潮に支配されていた。
物理演算をもっと精密に、操作感をもっと現実に近く、オブジェクトの見た目も現実さながらに――。開発者たちは日に日に現実味を増していく電子の箱庭に夢中になり、34年に確立された思考加速技術による作業効率の爆発的向上も手伝って、開発はどんどん加速した。
もっとも、この風潮を「30年代中盤から後半にかけて」のものとするのはいささか乱暴であるともいえるだろう。人々がVRにリアリティを求める状況は、2023年、フルダイブ技術確立の瞬間に始まっていたからだ。機械が生み出すもう一つの現実を夢見て、大量の契約書や誓約書に判を押し、意気揚々とヘッドギアを被りこんだ人々は――わずか124枚のポリゴンで描画された自アバターを見て、復讐を決意した。30年代の風潮は、まさにその復讐そのものなのだ。
しかし39年の暮れには、その復讐も終わりを迎えつつあった。
シミュレーション系統の技術は行くところまで行きついてしまって、はっきり言って頭打ちの感が強かった。かつての雪辱は果たしたと誰もが思った。リアルさに向けられていた視線は、リアルさと隣接していながら大した進化を遂げていない、別の指標に移ることになった。
すなわち、NPCだ。
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紙を切り揃えたら、次はそこにテクスチャを与える。
ペックスの確信するところには、全工程の中でこのパートが最も簡単だ。このゲームには装備品をカスタムする要素があるので、それを利用してやるだけでいい。盾にお気に入りのエンブレムを貼り付けるのと同じ要領で、紙切れに事前に用意したテクスチャを貼り付けるのだ。
彼は思考入力でシステムメニューを開くと、思考入力でインベントリに詰まった数千枚の紙切れを一括選択し、これまた思考入力で『デカールの貼り付け』を選択する。ここ数年で人々が気づいたのは、従来のフルダイブにおける『空中にメニューウィンドウが浮いていて、それを指でタップして操作』というインターフェースが極めて非効率なものであることだ。思考入力技術の発展は著しい。
ペックス(を操作しているゲーマー)の脳に直接焼きこまれたプログレスバーのイメージが、『処理中……』のラベルとともに高速で進行する。30パーセントが50パーセントに、50パーセントが75パーセントに。80パーセントのところで少し停滞して81、82、83と進んだ後、再び調子を取り戻して一気に100パーセントになった。
インベントリを再び確認し、ペックスはにやりと笑った――どうやら最終工程は成功らしい。彼は成果物のうち数枚を実体化した。左手に扇開きして掲げ、照明に透かして状態を確認する。シンプルな装飾。裏面の透け具合。中央に描かれた数字。すべてが完璧だ。
喜びの表情を浮かべ、ペックスが言う。
「デンコー、うまくいったぞ!」
デンコーもやはり同じように笑って、
「おお――そうか!」
こうして、二人は偽札の束を完成させた。
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ゲームのリアリティとNPCの乖離は、前々から指摘されていた問題だった。
リアルさを追い求めたゲーム開発というのは、当然現実を再現する方向に傾倒する。魔法が使えるとかホビーバトルで国家の争いに決着をつけるとか、そういうのはあくまで世界観でしかない。リンゴを空中で手放せば重力に従って落下するし、鏡に光を当てれば反射する。けっきょく、根幹は現実なのだ。
しかし、NPCはどうだろう?
彼らは長らく、ゲームシステムの一部として扱われてきた。店員NPCはショッピングシステムの一部、道案内NPCはマップシステムの一部、剣闘士NPCは闘技場システムの一部だった。だからある程度リアルな受け答えをしても、根本的なところで機械性を持っていた。店員は計算を間違えず、道案内はいかなる時も目的地点に人差し指を向け、剣闘士は腹痛で試合を欠席したりしなかった。
それでは駄目だ、というのが一部の開発者たちの意見だった。
世界は自然そのものなのに、NPCが若干システムに寄っているせいで、その部分だけが浮いていると主張した――カラーの風景にモノクロの人物を合成したようなものだと。汎用言語モデルによるちょっとしたごまかしが効力を見せたのは、風景の側もモノクロだった30年代前半までだと。
まず人間の意識モデルを作って、そこにマークアップ言語で記述した知識や性格を焼きこむ手法が提唱された。ゲームマップを大規模な文明のシミュレーションによって創造するようなやり方までもが、大真面目に運用され始めた。
かくしてNPCという赤子は開発者の手を離れ、その制御は不完全になりつつあった。
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「本当に本物なんだろうね」
果物屋のジェイパおばさんは、訝しげな面持ちでペックスを睨んだ。
「もちろんですよ」
ペックスは顔を隠すために纏ったもろもろ越しに言った。
嘘だった。
彼が差し出した紙幣の束は、先ほどデンコーとの共同作業で作り出した偽札だった。
しかしジェイパおばさんは、ペックスのにこやかな声色に騙されたらしい。疑いの視線を解くとすまなそうに言う。
「そうかい……最近〈神様〉から交信があったらしくてねぇ。みんな偽札にはピリピリしてるんだ……すまないね」
〈神様〉というのは運営のことだ。
文明シミュレーションによるマップ生成には、前述のとおりNPCの制御困難という問題がある。それを解決するためのモデルの一つが宗教だ。NPCの原理的意識に何かしらの唯一神への信仰を刷り込み、何か軌道修正をしたかったら、『交信』の体で指示を出す。NPCの思考を直接書き換えると不自然さに気づかれるがための措置だった。
しかしグローリー・バランス・オンラインにおいては、その手法がうまくいったとは言えなかった。
「いえいえ、疑われるのもわかりますよ」
ペックスは差し出した偽札でオレンジを買った。たくさん買った。デンコーの好物がそれだったからだ。籠一杯に詰められた本物さながらの橙色を一瞥すると、踵を返して路地へと歩を進めた。そして突っ立っているデンコーに、
「日当たりのいい場所に行こうぜ」
「わかった」
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結局、どうすればよかったのだろう?
リアルにシミュレーションされたそよ風を頬に受けながら、ペックスは青空を見て思った。
隣でオレンジをほおばっているデンコーに気づかれないよう、ポーズを変えずに思考入力でシステムメニューを開く。時計は14時50分だと告げていた。このゲームは思考加速なしなので、サービス終了は10分後で間違いない。
彼はやはりポーズを変えずにメニューを閉じて、そのあとデンコーのほうを見た。元剣士は自分の口の周りが果汁に染まっているのにも気づかず、一心不乱に果実を貪っている。
ペックスは改めて考える。結局、どうすればよかったのだろう?
そもそも何が問題だったかというと、運営がマップのほとんどをシミュレーションで作っておきながら、通貨のデザインだけオリジナルで行ったことだ。とはいえ、仕方のない話ではあった。所持金はインベントリ内のアイテムである前にステータスでもあり、また珍しく公認されているRMTと直結するものでもあった。そこにはシステム的な厳密性が必要だった。
だから、オリジナルでデザインしたことより、オリジナルのデザインがひどいものだったことをやり玉に挙げるべきだろう。本来金貨や銀貨を使っている文明に無理やり紙幣を突っ込んで、しかもその紙幣には一切の偽造検出技術が使われていなかった。
かつてのシステム的なNPCたちなら、それでも誤りを見抜くことができた。簡単な話、紙幣というアイテムに紐づいたデータタグと、偽札というアイテムに紐づいたデータタグが違うことを看破するだけでよかった。
しかし――今のNPCにデータタグの概念はない。
あるはずがない。彼らは、すでにモノクロから脱してしまったのだから。
こうして紙幣と偽札は事実上同一の存在となり、『GBC』が売りにしていた緻密な経済システムは崩壊した。それだけならまだ何とかなったが、RMTの容認が災いした。運営は責任問題を回避しようと、匙を投げるかわりにサービス終了を決定した。
「…………」
ペックスは野花を眺めた。傍目には現実の野花とほとんど変わらない、しかし内部的には電子データでしかない、偽物の野花。
視線をそのまま動かして、今度はデンコーを見た。傍目には現実の人間とほとんど変わらない、しかし内部的には電子データでしかない、偽物の人間。
その偽物の人間を、彼は友達だと思っていたのだ。
「……? どうしたペックス。お前もオレンジを食べろよ」
「いや、いいよ。デンコー、今日はぜんぶ君にやる」
「そうか……おっと」
会話を区切ってやるとでも言わんばかりに、ひときわ大きな風が吹き、偽物のオレンジの皮が宙を舞った。その光景を見たペックスは――このゲームを終わらせた張本人の一人は。本物が何か別の世界にいて、自分が全くの偽物であるような、そんな感覚が頭から離れなくなったのだった。