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7 不穏02




「はぁ、......僕はなんと非道な事を。僕みたいな陰気な山男の元に嫁ぐなんてどんなにショックだったろうか......あんなことまで言わせてしまってなんて酷すぎる」


「あの、いや、なんと言うか。勘違いが起こっていたような気がしますよ」


「こんな何もない辺境でしかも小汚いし1日の殆どを暗がりで過ごすようなパッとしない僕のお嫁さんに来てくれたと言うのに」


「まぁ、それは...良かったですね。今までだーれも来てくれませんでしたもんね。それに旦那様が結婚する気すら無いのが1番の原因かと」


「昔から苦手なんだよ......僕には仕事もあるし。でも、彼女が良い人、うん。良い人で良かったよ......うん」


「従業員としてって言うのにはびっくりしましたが。僕もホッとしてますよ。奥様が彼女で。もう1人の方が来るかと思ったら心の臓が持ちません」


「姉の方か? そんなになのか......?」


「それこそ酷いものですよ。お迎えにあがった際に外にまで声が聞こえておりました。強欲で、意地が悪く、見え張りで怠慢です」


「......それは」


「良かったですね。ベリル奥様で」


「ああ。そうだな……。本当に。僕は幸せものだよ」


 旦那様はとろけんばかりの微笑みを浮かべた。

 この笑みをぜひ奥様に見せてあげてほしい。

 あれは絶対間違えている。

 遠目で見ていてもかなり傷ついていたように見えた。



 しかし良かった。僕との会話が功を成したようで、彼女が去っていくことはなさそうだ。

 奥様に聞かれた事を思い出す。


 廊下を歩いているとき、ふいに奥様が「あの、レオンさん。あの、お伺いしたいことがあるんですが……」と聞いてきた。何を聞かれるのかと思ったら、「もし旦那様が私を気に入らなかったら、私ここで働かせていただけると思いますか?」と、恐ろしく後ろ向きな質問が飛んできた。いや、むしろ前向きと言うべきか?


 一瞬だけ僕に愛の告白でもしてくれるのかと期待したのだが......いや、これは黙っておこう。今の旦那様にポロッといつもの調子でこぼしたら、いつもは「いつか刺されるぞ」が「刺してやろうか」に変化しかねない。

 ぞわりと背筋に悪寒が走った。いくら僕と言えど旦那様を避けるのは難しいだろうから、そんな馬鹿な事を言わないようにしなければ。


 しかし、そんな心配をするほどに自分に自信が無い奥様は、随分と酷い目に遭ってきたのだろうと察するところはあった。


 きっと家での扱いのせいで奥様は自分の価値を低く見積もられ、従業員妻といい始めるし、旦那様は旦那様で、何もない辺境に金で無理やり嫁がせる旦那と言うやらかしを見事に完成させてしまっている。


 しかし。


 奥様の勘違いと旦那様の勘違いは時間がきっと解決してくれることだろう。


 この屋敷は時間がゆっくり流れている。

 

 それまでの時間稼ぎはできたはずだ。



◇◇



 この屋敷は実に特殊な作りをしていて、岩場に入り込む様な形で建てられている。


 それは何故か。

 この土地の特性と、特産物。この領地の最大の価値。全てが絡んでいるのである。


 価値がある。

 ゆえに、人が住みにくい場所となっている。



 屋敷の中、細く長い廊下を小さなランプを持ち、歩く人影が壁に揺らめいた。


 薄暗い廊下は、行き着く先すらまだ見えない。

 どんどん深くなる闇の中、ついに木製の古い扉が現れた。なんの変哲もない、ポツンと一つゆく手を阻む古びた扉がそこにあるだけだ。


 その扉に手をかけると、ギギギィと木の軋む音が響いた。


 扉の隣に燭台があり、そこに火を灯す。


 まるでそこだけ昼間の日が差し込んだ様にふわりと明るさが広がった。明るくなると、手をかけた人間がよりくっきり写し出される。

 ヴァン・アトランド。

 この屋敷の主人であり、この領地の領主である。身に纏っているのはどれも綺麗とは言い難い服で、ところどころ泥のようなものがこべりつき、少しばかり乾いてパリパリと床に剥がれ落ちている。おおよそ、領主がするような格好ではない。

 

 ヴァン・アトランドの大きな手が、扉の取手を回してゆっくりと中に入っていく。

 扉の先は真っ暗な闇が広がっている。



「しかし、僕の仕事を知ったら彼女はどうするだろうか......」

 

 中に入る瞬間。

 彼はポツリと、と言葉を溢すも、その音はすぐに空気に溶けてしまった。それほど些細で、小さな声だった。



 パタン、と扉が閉まり、燭台の光だけがそこに残された。

 


数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。

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