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6 不穏01





「奥様、こちらです」


 年若い使用人である少女、ベルに連れられて自室となる部屋へ案内された。独特な訛りのある話方だが、国は広いので遠い町に行けばたまに聞く言葉だ。きっと遠い場所から仕事に出ているのだろう。


 天井まで届きそうな扉をベルがと開くと、そこは先程通された部屋と遜色ない見事なお部屋であった。


「わぁ」


「あの......お気に召しませんでしたでしょうか......」


「とんでもない!ああ、絨毯はふかふかだし、この柄はこの辺りのものかしら?」


「絨毯......でございますか?あの、それはワタシの住んでる地域の特産品なんです......」


「そうなのね!」


 特産品!なんて素敵な響きなのだろうか。


 細やかな柄は美しく、左右対称に作られている。深い色合いで、大きな柄がドンと大きく描かれていて、どこか神秘的な雰囲気がある。


 最後に参加した夜会でも遠くの地方から嫁がれた令嬢のドレスに見事な刺繍が施されていた。

 お姉様やお父様、その周りの人は価値がないと馬鹿にしていたが、もう少しじっくりみたいと思っていた。その柄にどこか似た雰囲気を感じる。


 部屋を彩る家具は、どれをとっても細やかな細工が施されており、一点一点が美術品のようだ。


 ここが私の部屋ですって......!?


「こんなに素晴らしいお部屋、私が使ってもいいの……?」


「何をおっしゃいます奥様。お気に召してくださって嬉しいです......このお屋敷は人が少ないもので、ワタシが手配をさせて頂きました」


「そうなのね! とっても素敵!私、お父様のお手伝いで宝石店で働いていたの。だから宝石もとても好きだったけれど、それ以上にここにあるものはどれもとても素敵だわ。ありがとう、ベルさん」


「いえ、いいえ。嬉しいです奥様……実は少し、怖かったんです」


「……怖い?」


「はい、奥様。もし気に入っていただけなかったら恥ずかしいと思っておりました。奥様は都会からいらしたので、もっと派手なものが好ましいのではと」


「気にしてくれていたのね。ありがとう。私のお姉様はもしかしたら好きではないかもしれないわ」

「お姉様、でございますか?」



 小さく頷き、「座ってお話ししましょう」と椅子を引いて座るように促せば、迷ったように目を泳がせるベル。


「ワタシは使用人ですので同じ席には……」


 座れないんですと尻すぼみな言葉で拒んだ。

「大丈夫よ。私も同じようなものだわ」


「はい?」


「気にしなくて良いわ、ベルさん。一緒に頑張りましょう」


「あ、はい……え?」


 がしりとベルさんの両手を握ると、そのまま椅子に座らせ、私も同じように対面になるように腰掛ける。


 使用人、それなら問題ない。むしろ立場で言うならば同じようなものだ。

 どちらかというと、私なんてすでに先払いという形で親の元に支払われている。少しばかり性質が違うだろう。


「お姉様が居るんだけれど、私とお姉様、どちらかが旦那様の元に嫁ぐ手筈になってたみたいで」


「そ、そうだったんですか!?」


 都会はおっかねぇ、と震えるベルさんにふふ、と笑うと、ベルさんはそろりと気まずそうに私をみた。その顔には、何故私が来る事になったのか、と言うのを聞きたいとはっきり書いてあった。しかし根が優しいのか、葛藤が見れる。


 わたしは決してここに来たくなかった訳ではない。仕事は確かに心残りがあったが、両親の愛情を欲しがって苦しむことも、お姉様との出来の差を突きつけられて心が疲弊することも無くなった事には感謝をしていた。

 何より、両親やお姉様の取り巻きや友人がたくさん居る場所から逃れたことに、徐々に安心する思いの方が強くなっている。


 それをベルさんに伝えれば、ベルさんは辛そうに眉を顰めると、ばっと立ち上がり強い眼差しで私と見ると、今度は彼女が私の両手を包み込んだ。


「ワタシ、奥様の味方ですから!」

 


「ありがとう。これからよろしくね、ベルさん。一緒に頑張りましょう」


「はい!」



 このお屋敷でベルさんという仕事仲間を手に入れることができた。

 楽しくやっていけるかしら。


 服を着替えて、寝巻きに袖を通すと上質な生地が肌を滑り、とても心地がいい。上質なそれは、自分の家でも触れたことのないような生地で、つるりとしていて摩擦が少ない。


 ここに来てから驚くことばかりだ。

 入り口は人の気配もなく、どこか寂しげで廃墟のように見えたと言うのに、中に入れば暖かな人たちがいる。


 吸血領主なんて、なんて酷い名前なんだろうか。

 一体誰がそんな事を言い始めたのか。


 ワインが溢れシミがついた服を慌てて着替える旦那様を思い出す。

 

 表情すら読み取れないミステリアスな方だけれど、きっと悪い人ではないんだろう。


 旦那様の期待する良い奥様になれなくても、従業員としてここで生活する事がこのさきずっと出来たなら。それはきっととても楽しいんだろう。


 そう想像をしながら布団に入ると、清潔なシーツがほのかに花の香りを纏っている。


 ——自分の家ではシーツを変える暇なんてなかったし、それに、ベルさんがお手入れしてくれたおかげで全身スベスベ……



 水仕事でガサガサだった手も、お姉様の無駄遣いで抑えていた食費のせいで荒れた肌も嘘のように艶々していた。

 

 ——旦那様、仕事内容は「……考えさせて」と言ってたし、お役に立てるといいなぁ。


 とても驚いたけれど、想像よりもずっと穏やかそうな方で良かった……。

 酷い、と言われてしまったけれど。どうにかして、使えるやつだと思ってもらわなくては。そうでなければ、私と交換に渡したという、箱にいっぱいの宝石を無駄にさせてしまう。



 私は布団の中で、そっと目を閉じた。


 

 ふかふかで清潔なベッドは心地が良く、私はすぐに夢も中に落ちていった。



数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。


面白かった、続きが気になる!と思って頂けましたらブックマークなどしていただけると嬉しいです。執筆の励みになります。


楽しんでいただけましたら幸いでございます!

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よろしくお願いいたします


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