4旦那様
「いや、すまない。お見苦しいものをお見せした」
「いいえ、血では無かったんですね。よかったです」
ホッとして胸を抑えると「血?」と領主様は頭を捻ったが、私はあえて聞かないふりをした。
危ない危ない。そこを深掘りして怒りを買うなんてもってのほかだ。
接客でも、お客様がおしゃった事を過度に指摘したり深掘りしてはならない事は肝に銘じて来た。
んん、と咳払いをして誤魔化せば、旦那様は特に気になってはいない様子で用意されたお茶に手を伸ばした。
汚れた服に気がついた旦那様は、突如ワタワタとしたかと思うと、動揺したように「ちょっと待ってて」と言い残して別室に消えていった。
すごい慌てようで、別室に消える前に何も無いところで軽く蹴つまずいていた。
大きな体で慌てる様子は少し、いや、だいぶ可愛らしかった。ワインを溢したと言っていたし、慌てん坊な所があるのだろうか。なんだか人は見た目に寄らないという例を図らずとも本日は2つも見ることになってしまった。
一つ目は言わずもがな、レオンさんだ。
旦那様ほどの大きな体は持っておらずとも、すごい力持ちであることが発覚した。
旦那様はお金で交換した嫁が私であることにがっかりしただろうか。もしかしたら姉を所望していたかもしれないな……。
「お待たせしてしまったかな」
「あ、いいえ!とんでもありません」
私が勝手にしんみりしている間にあっという間に着替えた旦那様は、今度こそゆったりとした服装ではあるが、綺麗なものに着替えてやってきた。
そして冒頭に戻るわけだ。
居ないかと思われた使用人はどうやらキッチンに居たようで、暖炉の前に置かれた長机に、お茶やお菓子が並べられていく。
案内されるままに椅子に座ると、お茶の香りがふわりと漂ってくる。
甘い果物のような香りがするのに、口に入ると爽やかで程よい渋みがあってちょうど良い。
こんな美味しいお茶は最後に夜会に出た時以来口にしていなかったので、つい頬が緩んでしまう。
「ふふ、君は美味しそうにお茶を飲むんだね」
「あ、すみません......美味しいものをいただくとつい」
「いや、良いんだ。僕もこのお茶は気に入っていてね。君にも気に入ってもらえて良かった。菓子は好きだろうか?君も......」
嬉しそうにお茶を飲んでいるかと思えば、旦那様は、急にはっとしたように動きを止めた。えっなに?
「ああ、すまない」
そういうと旦那様は深刻そうな仕草でティーカップを置く。カシャンと食器同士がぶつかる音が鳴った。
「突然の結婚の申し出すまなかった。このような形で婚姻を結ぶなどと本来なら蹴って然るべき縁談にも関わらず来ていただけた事、感謝しているよベリル嬢」
「あの、いいえ。随分と高い額で私を買われたと聞きましたが......」
「ぶふっ」
「え?」
「げほ、いや、まぁ、そう......なのか?いや、そうか......そうだな。すまない少しだけ補足させて欲しい」
変なところにお茶が入ったのか、苦しそうにした旦那様はうーんと唸ると、「そうか......」と絶望したように呟いた。
「一応先に条件をお父上にお伺いしたんだ。直接ではなく、書面でだが......。大事なお嬢様をこんな縁もゆかりもない辺境、しかも顔すら知らない男の元に嫁がすなんて正気の沙汰では無いだろう」
今度はこちらがうーんと唸る番ではある。
お父様......。
ニヤニヤしながら娘が嫁ぐ相手であるこの旦那様を『吸血領主』なんて呼んでいたと言う事実がもう正気の沙汰では無い。目を閉じれば、お父様とお姉様のあのニヤついた顔が脳裏をよぎる。
うーん。
「いかほどであれば、お嬢様は頷くのかと交渉して、結果あの宝石で君が納得したと聞いたのだが......」
チラリと様子を伺うような視線に、顔を上げればまた「うーん」と旦那様は唸った。
「いや、いい。どちらにせよ、君を宝石で買った形での結婚になってしまっているのは事実だな......」
数ある小説の中から本作を選んでいただきありがとうございます!
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