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番外編 イタズラ4






「はい、お嬢様、どうぞたくさんお召しになってくださいね」


「……!」


 ベルは始終機嫌よさそうにニコニコとテーブルの上にパンやクッキーや飲み物を並べていく。


 どんどん増える菓子に、キラキラした目で眺めるベリル——を眺めている。


 というか、この家にそんなに菓子があったのか。今までそこまで食事に出た事はないぞ……?

 

「いえ、旦那様。これは奥様がお菓子をお求めと言うのを聞いた料理長が喜んでどんどん作っているんです」


「……レオン、心を読んだのか……?」


 どきりとして振り返れば、こそっと耳打ちしに来たレオンが、キョトンとした顔をした。


「あはは、奥様と一緒の事言いますね。旦那様は顔に出てますね、ははは」


「そうか……驚いたな。しかしこれ以上は食べられないだろうし、悪いがもう良いと伝えてくれるか?」


「はい。わかりました。小さな奥様、なんだかベルに緊張しているようですが、下げさせましょうか?」


 確かに、ベルはとても幸せそうにあれやこれやと話しかけたり世話をしているが、その度に不安そうに一度こちらに視線が飛んでくる。


 あれくらいの歳が怖いのか?

 緊張しているのがよくわかった。


「そうだな。すまないが」

「わかりました。ベルは……悲しがるかもしれませんが」


 二人してベルを見る。

 うん。

 普段もベリルと仲良くしているが、今日は特に嬉しそうだ。花も飛んでいる幻覚が見える。とんでもなく愛でている。


 あれほど楽しそうなベルには悪いが、ベリルのためだ。退出してもらおう。

 目のあったレオンがこくんと頷くと、多少渋っていたが、名残惜しそうなベルと一緒に出て行った。


「さて、僕も出たほうがいいかい?」


「!」


 テーブルに肘を立てて、手のひらに頬を預けてゆったりとしたポーズをとれば、ベリルはブンブンと顔を振ると、そろりとクッキーに手を伸ばした。12歳。そう言っていたが、その歳の割に肉のついていない手のひらが気になった。

 傷が多く、荒れている。

 この歳の頃はこんなものだっただろうか。

 僕の歳は、もっと落ち着きがなかった気がする。小さく感じる体は、こんなものだっただろうか?


 クッキーを手にしたベリルは、ぴたりと手を止めると、じっと僕を見つめている。


「あの……ね、一つやりたいことがあるんだ」


「うん?なんだろう?」


 クッキーをパキ、と半分に割ると、二つのうちの一つを僕に差し出してきた。

 

「ヴァンお兄様、はい、あーん」

「え?あ、あーん?……むぐ」


 テーブルに身を乗り出し、ベリルが「あー」と口を開くのを見ると僕もつい反復して「あー」と口を開いてしまう。


 間抜けな顔をしていたかもしれない、と気がついた時には、パァと顔を綻ばせたベリルの顔が飛び込んできた。小さな手を僕に伸ばすと、口元にクッキーを放り込んだ。


「……美味しい?」

「……もちろん」


 サクリ、と口に広がる甘さを堪能すると、それを満足そうに眺めたベリルもクッキーを口に入れる。

 サクリ、と音が鳴る。

 それと同時に、それはもう嬉しそうな満面の笑顔で噛み締めている。


 その笑顔を見ていると、僕もなんだか幸せになってくる。


「あのね……、分けて食べると美味しいの……ヴァンお兄様と一緒に食べたくて……すごく、美味しいね!」


「ん゛ん゛っ」


 なんだこの子は。

 ベリルか。

 幸せを届ける天才か……?僕を喜ばす天才か?


 思わずクッキーのかけらが喉にひかかってしまった。きっとこのようなやりとりを彼女の姉上とはできなかったのだろう。


「もう一個食べてもいい?」

「……うん、たくさん食べてね」

「うん!わぁどれにしようかなぁ」


 幸せそうな表情で、一つ一つ大事そうに食べるベリルを見ると、ベリルはこの歳からあまり良くない待遇を受けていたのだろうと察する。

 菓子なんて、それほど高いものでもない。

 子供の小遣いでも十分に買えるはずだ。

 彼女の家がそれほどまでに貧困かと言われれば、彼女の姉君の態度を見ればすぐにわかる。おそらくベリルにだけ、何も与えて来なかったのだろう。

 歳に見合わない、細い体に、荒れた肌、何より、子どもであるのにこの控えめな性格。

 腹が減っただけで、体を痛めつけるような虐待にも似た、物の教え方。それが当たり前であるかのように伝える陰湿さ。


 どれをとっても、乱暴な事ばかりだ。

 でも、それでも。

 この小さなベリルにとってはそれが全てなんだろう。それが彼女の世界。


 僕の世界が、この仕事を中心に回っている様に彼女にとってそれが当たり前で普通なんだ。


「ベリル」


 きょとりとした顔が、僕を見上げる。

 

 なるべく、優しく声をかける。


 彼女は、この話を覚えていないだろう。

 この歳の彼女にはきっと届かない。

 僕がそうだったように。

 この奇跡の力は、精霊がくれた気づきの時間なのだと思う。

 彼女じゃなく、僕にとっての。


 彼女をもう一度大事に思うチャンス。

 過去を知る事で、彼女をもっと好きになるチャンスだ。

 彼女と話し合い、理解し合うチャンス。


「君の体は、君だけのものだ。すごく大事にしてほしい」

「私だけの?」

「うん、僕のために」

「ヴァンお兄様のために?」

「そう、僕のために」


 くてん、と首を傾げたベリルは、不思議そうに繰り返す。


「もちろん、君のためにも。君が我慢したり、自分を痛めつけると僕は悲しい」


「悲しいの?」


「うん。僕は我慢する顔のベリルよりも、嬉しそうな顔をするベリルが好きかな」


「ほんとう?迷惑にならない?」


「うん」


「……うれしくなると、お姉様が嫌な顔をするの。不細工だから、迷惑だからって」

「僕はそうは思わないよ。十分素敵だよ」

「……ほんとう?」

「もちろんだよ」


 驚いた表情が、パッと明るい顔に変わっていく。


「なんでも話して良いんだ。たくさん頼ってたくさん聞いて」


「うん! うん! 嬉しい! 嬉しい!」


 パァと金の粉が舞う。

 流れるように、彼女に集まっていく。

 金の粉が笑顔の彼女を隠していく。


「ありがとう、ヴァンお兄様!」



 返事を返す前に、パン、と音を立てて目の前に光の壁ができたかと思うと、その奥から、いつもと同じ瞳が、キョトンとこちらを見ていた。


 きっと僕も同じ顔に違いない。

 でも少しホッとする。

 

 すぐにふわりと柔らかい笑みが返ってくる。


「ありがとう、旦那様」


 彼女もどうやら、全部覚えているようだった。

 涙ぐんだ瞳が優しく歪む。


 小さな彼女に返せなかった言葉を。

 

 半分に分ける優しさを、どうもありがとう。


「こちらこそ」




お読みいただきありがとうございます



あとがき


誰かにとって、半分こが普通な家庭もあれば、我慢するのが普通だと言う家庭もあって。

どちらが良い悪いは言えませんが、一緒に考えていける関係、夫婦という形は最高だと思います。友人もそうですね。なんでも半分、共有ということではなく、こう思う、こう思ったを言い合える関係は素敵なものが見えそうな気がしています。探り合うのではなく、共に探し合える、そんな二人であれ(*^^*)

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