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番外編 吸血領主の理由

 




 私の嫁いだアトランド家の旦那様は、大きな体に、麗しいお顔立ちを持ち、お仕事を一生懸命にするとても素敵な男性だ。


 きっかけは驚くほど粗雑な扱いに思えたけれど、よくよく聞けば、お父様とお母様、そしてお姉様の説明が全くなかったことが原因だった。

 そのせいでまるで私を物のように扱う人でなし領主による宝石と私の物々交換が完成してしまったのだ。


 実際の、この屋敷の主人で、領主である旦那様は先ほど言った通りとても素敵な人なのだ。

「ベリル、足元きをつけてね、わっ」

「だ、大丈夫ですか!?」

「ご、ごめん。ベリルは平気かい?」


 なんて秘密の部屋である、宝石の洞窟で滑って転ぶのはもちろん。


「わわわ」

「え?きゃ、旦那様!?」

「わっわっごめ、ごめん!」

 うっかり私が居る書斎で汚れたシャツを脱いで上半身を晒したり。


 宝石を大事に扱ったり、精霊を私欲のために使うのではなく、ちゃんと管理して国のために尽くしているのもとても素敵な部分なのだ。

 ただちょっぴり『おっちょこちょい』なだけなのだ。


 ピシャリ、と水がこぼれる音がした。

 夕食の時間、旦那様と向かい合って座り、そろそろ寝室に、という時間になった頃にそれは起こった。


 旦那様が、袖を引っ掛けてしまったことでグラスが傾き、葡萄酒がこぼれてしまったのだ。

 服の中心に真っ赤なシミが広がっていく。


「あー、しまった……」


「大丈夫ですか?ああ、白いシャツが真っ赤に……あ……」


 白いシャツのシミに、ふと昔の記憶が蘇る。こんな事前もあったような……。


「ああ、あったね、そういえば」

「ふふ、初めてこのお屋敷に来た時は、赤いシミが服についてあったのでてっきり『血』がついているのかとばかり」


「ははは、君はそういえば姉君に僕が吸血領主って言われてたんだったね。血か、なんて聞かれたからなんでそう思うんだろうと思ったよ」


「すみません……つい。旦那様も驚いた顔をして慌てるから、お姉様が言っていた事が本当だったのかもと。深く聞いては私がそのシミになるかも、と思ったんです。今思えば……ふふふ、旦那様のおっちょこちょいのせいなら納得です、ふふふ」


「いやぁ、あの時は青い顔をするから、だらし無い男に嫁いでしまったとがっかりされたのではとヒヤヒヤしたよ」


 旦那様と笑い合うと、彼は自室へと入って行った。しばらくして、着替えたシャツを取りにベルさんが部屋に入っていく。それを見送ると、背後から「すみませんね。使用人が少なくて」と声をかけられた。

 レオンさんだ。

 食器を配膳台の上へ片付けながら、話を進める。私も少しだけだが、手伝うと、嬉しそうにレオンさんが微笑んでお礼を言った。

 

「ベルが旦那様のお世話もするから、奥様嫌でしょう。かと言って男を雇うと旦那様に恨まれちゃいますし……」


「え?そう、でしょうか?私は特に大丈夫ですが……使用人が少ないのには何か理由があるんですか?」


 特段、ベルさんが旦那様の身支度を手伝う事にはなんら問題はないと思っている。と言うのも、ベルさんは野生的でオラオラ系の強引な男が好みだと力説されたせいもあるが。

 それはナイショの話なので、置いておこう。それに「なるほどぉ……?」と相槌を打ったレオンさんは納得……はしていなさそう顔で食器を片付けていく。


 使用人が少ないのは最初から気になっていた事だった。

 この屋敷にいる使用人は全部で3人だ。

 それが少ない人数なのは分かりきっていて、掃除なんかは大変だろうなと思っていたのだ。

 私も見かけたら手伝う様にしている。ベルさんはダメだと言って、掃き掃除ほどしかさせてくれないが、レオンさんは、「奥さんがいたらこんな感じなのかな」とニコニコしながらさせてくれる。しかし手際が良いせいでこちらも然程手伝わせてはもらえない、そんなことはしょっちゅうだ。


 例に漏れず、今回も手際よく片付けを終わらせたレオンさんは、「これ、旦那様は知らないので内緒ですよ」と人差し指を自身の口元に当てると、チラリ、と旦那様が出て行った扉を見やる。

 足音もしなければ、人の気配はない。



「昔はね、結構いたんですよ。使用人が。でもその時の主人であった旦那様のお父上と母君がお亡くなりになられた時、この屋敷の秘密の部屋を勝手に入ろうとした者がいたんです。その使用人は若い女性でね。野心家だったんでしょうねぇ。ここのお屋敷給金がいいもんですから。余計に魔がさしたんでしょう。上手く旦那様と『どうにか』なって秘密を探ろうとしたんです」


「それは……確かに……気になる気持ちはわかります」

 私も気になった口だ。

 知って納得することもあるかも、なんてこっそり少しだけ顔も知らない使用人の肩を持つ。



「それだけならなんとかなるんですが……さらに他の人間の目を盗んで、執務室に入って宝石をくすね始めたので危険と判断してその使用人を解雇したんです」


「ええっ」


「解雇はやはりやりすぎですかね?」


「あ、いや、そっちでは無いです。盗んでたんですか……!?」


 宝石を盗む。しかも働き先で。そんなことはなかなか考えられない話だ。


「そっちでしたか。まぁ、旦那様が忙しくて目が行き届いていない事に気がついたんでしょう。忙殺されておりましたから、旦那様。それにそこそこうっかりされている部分がありますので」


 それには大きく頷いた。

 今でもあるのだ。

 それはそれはたくさんあった事だろう。容易に想像がつく。


「それで解雇された使用人が、いろんな場所で、それこそ夜会などで腹いせに『あいつは吸血領主』だなんて嘯いていたと言うわけです」


「それは酷い……でもどうして吸血領主なんです?きっかけはなかったんですか?」


「それはまぁ、ちょっと怖がらせたのが原因かもしれませんね。そこは僕が悪いのかも」


「何をしたんです?」


「玄関口の扉、あるでしょう?あそこ重いって知らなかったようですので、『宝石にも種類があって、一見他のものと同じに見えても家から出してはいけないものがあるんです。それ、どこに行ったか知りませんか?あ、貴女のポケットに入ってますね。扉が開かない?さぁそれは貴女が逃げれないように見張られてるんじゃないですか?宝石の呪いに、って言いました」


 悪びれのない顔で飄々と言うレオンさんはぴしりと指を目の前に出した。

 人差し指。

 それがだんだんと下がっていき、葡萄酒の容器を指差した。


「葡萄酒?」

「はい。タイミングよく、顔色の悪い旦那様が、葡萄酒をひっくり返したのか頭から被った状態で横切ったもので」


「わぁ」


「で、『旦那様、お食事がお済みですか』と聞いたら、『いや、まだ途中だ』と返ってきまして。そこからはもう早かったですね」


 きっとそんな話を聞いた後なら、私も恐ろしく感じてしまうかもしれない。きっと得体の知れない人物に見えただろうと思う。

 あまりにもその展開は物語のようだ。


「後々気が付いたでしょうね。寸劇だって。証拠もポケットのものしかありませんし。図太そうな女性でしたので。そうやって噂を流して、使用人も減らして、仕事で付き合う人間も悪評で減らして、自分に帰ってきてくれと言って欲しかったのかと察しますが、それは流石に虫が良すぎますので」


「それで……もしかしてレオンさんが?」


「はい。取引をして口を閉じてもらいました」


 そう言ってにこりと笑ったレオンさんは「そういう訳で、ゴタゴタも面倒ですし、使用人が少ないんですよ」と締め括った。


 なるほど。

 それは確かに怖い話だ。

 最悪、人を信じられなくなってしまう。

 そこで、はたと気がつく。

 旦那様は知らない話で、レオンさんは知っている。どこで流した噂なのか。使用人が何をしたのか。そして交渉まで。

 きっとそんな噂を流す大胆な事をする女性だ。バレない自信があったに違いない。


「取引って……一体何を」


 レオンさんは同じようににっこりと微笑むと、人差し指をゆっくり口に押し当てた。


「それは内緒です」


 バタン、と扉が開く音がして、肩がびくりと跳ねた。そこには着替えが終わった旦那様が居た。ゆったりとした服装に、おそらく水でも飲みに来たのだろう。


「あれ? どうしたの?」


 キョトンとした顔で首を傾げる旦那様にレオンさんは上機嫌に「いいえ、特には」と答えた。


 

 旦那様が何故吸血領主なんて不名誉な名前で呼ばれていたのか判明したが、もう一つわかったのは、実はこの家で怒らせてはいけないのはレオンさんなのかも、と言う事だった。







◇◇◇



 旦那様と奥様と別れ、自室に戻った後、ふとあの時の事を思い出す。

 奥様にはああ言ったが、正直『吸血領主』という呼び名は都合が良かった。


 旦那様には悪いが、明らかに金目当ての賊のような使用人は減ったし、処理をいちいちする手間は減ったと言っていい。使用人が減ったことで、口の固い者が残った。


 あの女に感謝する事と言えば、宝石のことを言いふらさなかった事だ。

 吸血領主と言いふらすことで、宝石をまたくすねることができるし、給金も引き上げられると踏んだんだろう。


 まさか、いまだに夜会や巷でアトランド家が吸血領主で通っているとは思わなかったが、宝石が盗める場所だなんて話が広がらなくて本当に良かったと思う。思わずホッと息をついた瞬間だった。



 あの女は他所でも色々やらかしていて手癖が悪かったおかげで、少し調べればザクザク話は出てきた。

 宝石について話さなかったのは呪いの宝石の話も信じていただろうから、それが大きいのかもしれない。そういえば、それを信じさせるために細々した嫌がらせを色々仕組んだのは大変だったなぁ。




ーーーーー


「聞いてくださいませ!実は、あの東のアトランド家の——きゃ」

 華やかなホールの端で、一際大きな声をあげる女に近づけば、肩を叩いた女が振り返り、悲鳴をあげた。女が手に持つ葡萄酒がグラスの中で波うった。


「あ、あ、レ、レオン様」

「やぁ、サマンサ殿」


「あ、あの」

「お嬢様方、申し訳ございません。少々彼女をお借りしても?」


 そう言って女の肩を抱くと、周りで嬉々として話を聞いていた御令嬢たちは、色事と勘違いしたのか、一気に色めきだった。


 青い顔の彼女を外に連れ出せば、一層女の顔から血の気が引いていく。


「サマンサ殿、困りますね。ありもしない事をベラベラベラベラ。ご自分の事を話したらいかがですか?」

「ぁ、ぁ、それは」


「貴女のやってきたことは調べています。全部ここで答え合わせでもいたしますか?以前働いていた屋敷の主人、ドジャー様もいらっしゃいますね。そこの宝石も売り捌いていますね。あとは、ああ、キャサリン様。彼女の茶会でも」


「そ、なんで」


「貴女が売っていた宝石店を突き止めましてね。何を売ったか、どこで手に入れたか。ぜーんぶ調べ上げておりますよ。日付も言いますか?ここに調べた内容も、証言者も連れてきたっていいんですよ」


「そんな、そんなこと」


「ああ、中には騎士団に所属するお方もいらっしゃいますね」


「やめ!やめて!」


「ふぅん、そうですよねぇ。前科持ちなんて、適齢期の貴女がお嫁に行けなくなったら困りますもんね」


 青かった顔が、もはや白くなる。

 想像でもしたのか、よほど恐ろしいのかその目には涙が溜まっている。コソ泥のくせに、自分に降りかかる不幸は嫌らしい。

 反吐が出る。


「証拠は握っておりますので。口にも行動にもお気をつけくださいね」


 そう言えば、女は力なく床にぺたりと座り込んだ。




 それから全くその女の名前は聞かない。

 相変わらずどこかで誰かのものを盗む使用人の話を聞きはするが、あの女の名前は聞かない。


 こんな話を、奥様にはとてもじゃないができないな、とため息をついた。

 せめてこの屋敷や旦那様と奥様の周りではそんなことが起こらないように、僕が見張っておかなければ。




番外編です。

本編が完結しましたが、番外編も追加したくて連載中に一時的に戻しています。

 

番外編も楽しんでいただければ幸いです。

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