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3吸血領主


「ここが」


 思わず呟いた私を見て、レオンさんは苦笑いを浮かべた。

 

 見上げた先には、大きな門。

 まるで要塞のような、砦のような石造りの大きな城は巨大で威圧的だ。何がすごいかというと、大きな岩肌にめり込むように作られているため、飲み込まれてしまいそうな迫力があった。


 これはシンプルに怖い。

 森に囲まれた道を進むと現れるのは岩場ばかりなので、人の気配はあまりない。


 馬車の中から見えた景色といえば、森ばかりだったのだ。それはひとえに私が馬車の振動が気持ち良くて寝てしまった所為なのだけど。


「では中にご案内しますね。出迎えもなくすみません。中に入れば使用人がいますので、彼女に案内を頼みますね……よいっしょ」


 レオンさんが大きな門を押し開くと、ギギと音を立ててゆっくりと扉が開かれた。とても重そうである。手伝うべきかとつい駆け寄り手を添えてよし押すぞと、グッと力を入れた。

 数秒も押す間もなく、その手を制されて「奥様、僕だけで大丈夫ですよ」と言われたので、おとなしく数歩下がって扉が完全に開くのを待った。


 ズズズと音を立てて動く門。

 私は知っている。

「よいしょー」と汗ひとつ流さずに開いているが、この扉がものすごく重い事を。

 数秒だけだが、押してみた感想は「びくともしない」これだ。


 人は見た目によらないと言うのを改めて感じた。言っちゃ悪いが細身でヒョロリとした少年のような見た目だったので驚きしかない。


 普段お店の雑務や家の家事雑用は一通りこなしてきたので、なんの根拠もないけど力には自信があったのに。


 いや、しかしなんと言うか。

 ギャップがすごい。


「行きましょう奥様」

「は、はい」


 やっぱり汗ひとつ流れていない爽やかな笑顔がこちらを向いた。イケメンだった。


 もしかしてこのお屋敷では「このくらい朝飯前」という事......なの?早くここに馴染むには筋トレをしなくては......。


「いや、奥様。大丈夫です。扉を開けるような雑務は僕や使用人がやりますから」


「......私声出てました?」

「ははは、声に出てなくてもわかりますよ。奥様は表情に出過ぎです」

「わっうそっ、恥ずかしい......」

「ははは」


 ペタペタと顔を触るも、そんな事で表情が隠せるわけでもなく。そうか知らなかった。私ってそんなに顔に出やすいのか。


「ああ、奥様が特に顔に出やすい、ってわけではないのでご心配なく。僕ちょっとばかし勘が良いんです。って、これで当たってなかったら大恥ですね、どうです? 当たり?」


「レオンさんすごいです。大当たりです当たりすぎて怖いです」


「あはは」


「あの、レオンさん。あの、お伺いしたいことがあるんですが……」

「はい?」


 キョトリとするレオンさんは首を傾げたが、何か察するものがあったのか、「僕でよければ何なりと」とその顔によく似合うニヒルな表情浮かべて芝居がかった仕草で顔を寄せた。


 いや、顔を寄せる必要はないのだけれど。

 腰に手を寄せなくても良いんですけど!




 静かな廊下はまるで人の気配はなく、静かな空間に私達の足音や話し声だけが響き渡る。

 レオンさんが顔を寄せたり、腰に手を回したりするので、人が通った時に聞こえてはいけないという配慮なのかと思ったが、そんなことはなく。

 始終他の人間が現れることは無かった。

 

 どうやら単にレオンさんは人との距離が極端に近い人なのだろう。そういう方はたまに夜会や店にも現れたので、元来そういった気質があるのだろう。

 私のような地味女にそう言った態度を取ったとてなんの得もないだろうに。


 エスコートされるままにレオンさんに着いていけば、大きな広間にたどり着いた。

 このお屋敷の入り口や廊下の静けさや寂しげな様子を思うと、この広間は幾分か華やかであった。両親や姉はギラギラとしたものが好きだったので、ゴテゴテしいものばかりが家に配置されていた。

 宝石で嫁を買うくらいなのだから、どんなジャラジャラギラギラのお部屋に辿り着くのかとドキドキしていたが、色や装飾は抑えられているが、細かなところが洗練されており品の良さが見てとれた。


 入ってすぐに床に敷かれている絨毯も見事なもので、踏んでしまうのが勿体無いような逸品だ。

 どこもかしこも、一見地味ではあるが、美しく細やかな仕事のされたものが置かれていて、つい目を奪われてしまった。

 


「レオン」


「はい旦那様」



 レオンさんの名前を呼ぶ、よく通る低い声が耳に入りハッとしてその声の方へ視線を移す。はたと、自分は買われた立場であるということが頭をよぎった。

 

 咄嗟に顔もよく見ないままに頭を下げる。



 サッと、現れた人物のもとに駆け寄り、脱いだ上着を預かると、レオンさんが頭を下げたのがかすかに視界に入る。


 この方が、旦那様。

 

 ゆっくりと歩み寄る足音が、服の布擦れの音が響く。


「……よく来てくれた。僕がここの領主をしているヴァン・アトランドだ」


「ベリルでございます。末長くよろしくおねが……え」



 旦那様の顔を見ようと、視線を上げると、そこには、ちょうど胸の辺りを真っ赤に染めたシャツが目に入った。

 さらに視線を上げれば顔の上半分を髪で隠した大きな男が立っていた。表情はわからない。


 自分の顔からサッと、血の気が引いていくのがわかる。咄嗟に悲鳴をあげそうになったのを防ぐために口元に当てた手はヒンヤリと冷たい。

 

 まさか、まさか。



 これは、血……!?


 『吸血領主』


 その言葉が頭の中を埋め尽くしていく。



 目の前の男性が私の視線に気がついたのか、訝しげに頭を傾げると、視線をたどって顔が徐々に下に下がる。一瞬間固まった頭が、油の足りないブリキの人形のようにぎこちなく上げられる。


 前髪で隠れた瞳が、大きく見開かれているのがわかった。



 もしかして、私、お嫁に来て1日目に死にますか……?




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