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番外編・小さな怪獣【アンバーその後】





「どぉして……! ここから出して! ここから出してよ! 私は伯爵夫人なのに……!」


 光も僅かしか入らない地下牢で、大きな声をあげても人が来る気配はない。

 ジメジメとした空気の中、ポタと天井から水が一滴落ちる。数日続いた雨のせいで、どこもかしこもずぶ濡れで、床もドロドロだ。


 こんな目に遭うなんて聞いていない。

 悪くても伯爵家で軟禁程度かと思っていたら、こんな不衛生な場所で何日も閉じ込められた。


 オリバー様も、どうなったのかわからない。ここに尋ねてくる気配はない。


 助けに来る様子だってない。

 ギリリ、と奥歯が擦れ鳴る。


 それもこれも、全部あのベリルのせい。

 悔しくて、思い切り奥歯を噛み締めて怒りを鎮める。


 ベリルが大人しく言うことを聞いていれば、何もかもうまく行っていた。

 お父様もお母様も私から宝石を奪うこともしないし、あんな惨めな思いもしない。

 食べることに困ることなんてなかったし、なんだって買って貰えていたのに……!

 それを、まさかお父様とお母様が私からものを奪うなんて!

 

 オリバー様の言う事をやれば、みんな幸せになってた。それをあの女が崩した。

 全部あの女が悪いのに。


 自由を阻む鉄の柵を握りしめると、少しばかり錆びて表面がギザギザの場所に手のひらが擦れて切れてしまった。

 でも痛みは感じない。


 そのことに、気がつくと、そういえば、とベッドの上の食事を見る。


 あのパン、なんの味もしなかった。

 質が悪いのかと思っていた。

 古いのかと思っていた。

 腐ったのかと思っていた。


 違う



 何の味も感じない、何の味もしなくなったのに気がついた。


 汚れた服に、何日も湯に入っていない体を見れば、茶色く薄汚れている。足元までドロドロに汚れたそれは、私が今まで嫌っていた異臭が漂っているはずだ。

 嫌だ、嫌だ嫌だ。


 恐る恐る、すん、と肌に鼻を擦り付け、匂いを嗅いでみる。


 ————あれ……、においがしない


 ジメジメした湿気臭いはずの牢の中も、油でベタついた髪の毛も、傷がついて血の出た手のひらからも、においがしない……——!

 においが——!



「おや、お目覚めですか。ごきげんよう、ご夫人」


「あ、あ、第二王子殿下……!」


 床は泥だらけだが、全く気にする様子もなく、泥をバシャバシャと踏み抜きながら私のすぐ目の前まで近寄ると、第二王子殿下は、美しい金の目を細めた。すぐ後ろに何人かの護衛騎士がいるが、誰一人として目が合わない。


 その瞳は、いつから私を見ていたのだろうか。口が笑みを浮かべ、「気がついたようだな」と言った。



「あ、わた、わたし、何か、なにかおかしいのです」


 そう、きっとこんな不衛生な場で何日も過ごした、そう、心労のせい。そのせいで少しおかしくなってしまったんだ。そうに違いない。

 ここには来てはくれないが、オリバー様が働きかけているはずだ。

 結婚してから伯爵家の力でなんだって解決してきたんだから。


 こんな惨めな思いはしたことなんかない。

 おかしくなっているだけ。

 私は少しおかしくなっているだけ。

 元に戻ればすぐに全部元通り


「そうだろうな」


 第二王子殿下の冷たい声が響く。


「早くここから出してくださいませ!私、きっと病気なのかもしれません。もっと清潔な場所で療養をしなければ……、私は貴族です、トラフ伯爵家が黙っておりませんわ」


「ふむ」


「殿下、どうか」


「ならんな」


「……え……?」


 第二王子殿下の瞳が、じとりと私を睨みつけるように見た。

 その瞳は、冷たく、思わずふるりと肩が震える。


「ご夫人の言うトラフ伯爵家は、この国から消え失せた。もう存在しない。……ああ、夫人ではないな。アンバー・クッシーナ」


「ど、どういう……?」


 そんざいしない?

 わけがわからない。


「その小さくなった脳みそで理解できるかわからんが、お前の関わっていた麻薬、少女の売買、そして密輸。どれも国家転覆の危機をもたらす重罪の内容だ……麻薬は人を役立たずに変え、隣国に金をばら撒き、小鳥と嘯いて他国に国民を売るような行為は単純に犯罪だ。強いて言うなら敵国になりうる国に人質を受け渡した。これも重罪」


「じゅうざ……私、そんなの知らなくて」


 ガシャン、と目の前の柵が揺れた。突然の衝撃と音に、びくりと肩が揺れる。息が止まって苦しい。涙が溢れた。


 そんなことは構わないと言ったように、第二王子殿下は強く柵を握り、鋭い目で睨みつけてくる。

 私は何も知らない……なのに、どうして

 悪くない。

 何もしてない


「知らないだと……?何でもかんでも人のせい。貴様自分の頭を使って考えたのか?良いのか悪いのか考えもしないで行動したのか?」


「は、それは」


「麻薬は快楽も与えるが、体内の破壊も凄まじい。においはするか?味は?痛みは?そのうち目も耳も頭も使い物にならなくなる。アンバー・クッシーナ、お前は今どこだ?」


 そんな……

 そんなこと、知らない

 知らないのに

 そんなの、私のせいじゃない


「そんなものを『密輸』し国内に持ち込みばら撒きやがって。これは立派な反逆罪だ。死ぬまでここで過ごせばよい」


「ああ、あ……あ」


 殿下の乱暴な言葉に、体がガクガクと震えた。

 うまく言葉が出てこない

 以前はあんなに色々浮かんでいた言葉も、遠ざかっていく背中を引き止めるのに良い言葉が全く浮かんでこない。こんなの、私のせいじゃない。あの女が悪い。あの女が、辺境に嫁がなければ、お父様が貴族との結婚を迫らなければ。

 ベリルの代わりに私があの領主を手に入れられれば、宝石は私のものだった。

 ずるいずるい。

 私がベリルより優先されるのは当たり前なのに。

 まるで、これじゃあまるで私が……。

 私のせいじゃない。

 私の……。

 私のせいじゃ。



 冷たいはずの床にストンと座り込むも、感じるはずの泥水の冷たさも、まるで感じなかった。






番外編です。


アンバーの最後です。

麻薬の怖さ、自分がやっている事を人のせいにせず、自分の中で考えて行動する。それを忘れてしまったのがアンバーでした。

住んでる場所や、家族が一緒でも考えが異なることはありますね。



読んでくださりありがとうございました。

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