36 最終話 寄り添う愛
「奥様、とてもお綺麗です……!」
ベルは感激したように大粒の涙を流して、今にも奥様の服を濡らしてしまいそうな勢いだ。
せっかくこの日のために、ベルが自身の故郷の刺繍を施したドレスが汚れてしまう。
奥様はそんなベルの気持ちが嬉しいのだろう。特に気にする様子もなく近付くものだから、つい「ちょっと」と止めれば、ベルが不服そうな顔をした。
いや、なんでだよ。
しかし止めないわけにもいかず、寸のところでベルを留める。
もし汚しでもしたら旦那様に申し訳が立たない。
「ベルさん、ありがとう。きっと綺麗に見えるのも全部用意してくれたベルさんのおかげね」
「そんな、もったいないお言葉です奥様……!奥様の美しさがあるから素敵なのです!」
「ふふ、ありがとう」
奥様はとても美しい。
今まではただ疲れていたのと、栄養の不足、そして睡眠不足からきていたのだろう。
一般的な食事と睡眠、人として最低限の生活を送れば、誰もが羨む美人なのだ。
元々美しい髪色に、端正な顔立ち、丁寧な言葉遣いに物腰の柔らかさ。
何故そこまで自分を卑下するのか。
あの家族ではそうなってしまうのも頷けた。
奥様を初めてお迎えする日、店の中から聞こえて来たのは『吸血領主』と言う言葉だった。
どれほど恐ろしい存在に思われているのか知らないが、この何年か社交会に姿を現さなかっただけでこの言われよう。存外巷の話はコロコロ良いように姿を変えるらしい。
そう思われているなら都合が良い。
秘密の多い旦那様の負担になるならば、一度引き取った娘はもう戻ることはない、そう思われている方が、秘密も漏れず『都合がいい』。離縁しても、噂を広めるための縁が切れるのはもっと『都合が良い』。
思わぬ方向へ転がってしまった話も、精霊が愛するこの静かな屋敷が穏やかにほぐしてくれた。
崖と森の中、密やかに佇むのは、岩に半分以上喰われたような屋敷。
今日は珍しく日が差し込み、庭には暖かな陽射しが注がれている。
扉をノックする音がした。
それに「はい、ただいま」と扉を開けば、そこに現れたのは純白のスーツを着た旦那様だった。
「準備は終わったかな?」
「もちろんです、奥様、こちらへ」
旦那様を扉の前へ立たせ、奥様の手を預かると、ベルのズビッと鼻を啜る音がした。いつまで泣いているんだ。
しかし今日は、もしかしたら泣き止むことはないかもしれない。なんなら僕もちょっと場の空気に当てられて泣きそうだ。
奥様をエスコートして、旦那様へ。
「ありがとう」
「とんでもない。お美しいですよ、奥様」
パチン、とウインクを飛ばせば、奥様の花のような笑顔が溢れた。
「ふふ、レオンさんは心を読む事ができるんですね、やっぱり。自信が欲しかったところだったんです」
「良かった! 僕はちょっとばかし勘がいいんです。良い一日を」
うっとりするような笑顔で旦那様の元へ行く奥様は、本当にお美しい。
旦那様も耳も頬も真っ赤だ。
肝心なところで格好がつかないなぁ、と思うが、こんな日だ。存分に惚気てほしい。
「では、皆様がお待ちですね。僕とベルは後ろに控えておりますので」
「ありがとう、レオン、ベル」
「ありがとう、レオンさん、ベルさん」
庭へと続く扉を開ける。
これは僕の役目だ。
重すぎるほどの扉は、入ろうとするものを拒むこの家の性質をよく表しているが、今日ばかりはいつもより随分と軽く感じた。
きっとこの2人の幸せそうな笑顔のおかげだろうか。2人が真に結ばれることを、この家の主が喜んでいるのかもしれない。
開かれた扉の隙間から、眩い光が差し込んでくる。
そこには、人数こそ少ないが、王家の人間に騎士団の人間。どれも大層な顔ぶれで、こちらの方が緊張してしまう。
奥様がまるで物のように取引として嫁いだために挙げていなかった式を、今日、挙げることになったのだ。
大きな拍手と、祝福が舞う舞台の主役は、我が主人、旦那様と奥様だ。
◇
——この国には、不思議な力を持つ宝石があった。
それは豊かな富を国にもたらし、時に奇跡の力を見せた。
宝石がどうやって生み出されているのかは謎のまま。
東の果て、西の果て、それぞれから宝石は生み出されたが、不思議な力を持つ宝石はどこから来るのか。国に加護をもたらす一族がいる、それに手を出す者は、王家の逆鱗に触れるという。それだけが噂話となって国中を駆け巡ったのであった——
パシン、と両手を叩き合わせる音が、部屋に反響する。大きな音は静かな部屋に響いた。
「上出来だ。それで行こう」
金の髪をかき上げて、愉快そうに笑う青年が上機嫌でそう言った。
頭を下げて出て行った人間は、国外に居る第一王子への使いである。
一時帰国した第一王子は国の状態を見た後、再度また違う他国へ渡ったのだと言う。
「これでこの国に手を出す愚か者はまた減る。あわよくばとこぞって貿易を持ちかけてくるだろう。国力を上げるチャンスだ。今後の国の発展と国民のためだ。気張って行くか」
満足げに金の瞳を細めて、首を曲げれば、コキリと子気味のいい音が鳴った。
その手には、小さな手紙が一通あり、愛おしそうそれを眺め見ている。
そこにはアトランド家の家紋が入っており、新しい生命の誕生を知らせるものだった。
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数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
これにて完結でございます。
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