34決着の付け方3
「力を抜いて、楽しまれよ」
無礼講である、そう言ったのは、この国の王であるクジット国王だった。穏やかな笑みでそれだけを告げ「後はクリスに任す」とだけ残し、天井から垂れる重厚なカーテンの隙間にするりと消えていった。
集められたのは、数十名の騎士達、私、そして旦那様であるヴァン・アトランド、そしてレオンさんとベルさんだった。騎士達の中には騎士団長であるアーノルド様と副団長のトム様の姿もある。
突然届いた手紙には王城に招待する主旨の内容が書かれていたのだ。
それに従い、数週間後に集められたのは面々は全員あの時に居合わせた顔ぶればかりだった。
レオンさんとベルさん、そして料理長も呼ばれたが、我が屋敷の料理長は極度の緊張からか絶対に行かないと断固拒否を貫いていた。
私たちが国王に招待を受けた理由。それはやはり、お姉様の件でだった。
◇
——クッシーナ家にて 1ヶ月前。
「ここか」
「クリス殿下……!殿下が何故ここに」
「ん? お前こそ何故ここに?」
片眉をあげて、不思議そうな表情だったが、それも一瞬のことで、すぐに「まぁ良い」とお姉様に向き直る。
「トラフ伯爵夫人、貴女に少し聞きたい事があって馳せ参上した、が。ふむ……」
ぐるりと部屋を見渡すと、私に目が止まる。しかしまた目線がお姉様に戻った。その瞳は深く冷たく、おちゃらけた口調だと言うのに、震えるほどに冷え切った瞳だった。
一体どうして、第二王子殿下が……?
部屋の端で呆然とするお姉様を視線で捕まえると、静かに第二王子殿下が口を開いた。
「色々と聞かねばならん事が増えたなぁ」
「く、クリスフォード王子、あ、わた、わたくし」
言葉を遮るように、ダン、と話を遮るように殿下が腰に差した刀を抜き、鞘ごと床に打ちつけた。
「ははっ、夫人……誰が馴れ馴れしく名前を呼ぶことを許可した?」
擦り寄ろうとしたのか、ドレスを引きずりながら殿下ににじり寄るが、突如響いた大きな音と、笑んでいると言うのに殿下の冷ややかな声にこちらまで肩を震わした。お姉様は真正面で受ける迫力に、ストンと床に尻餅をついた。
「ひっ……も、申し訳ございませっ」
「いい」
「ああ、ああ、なんと慈悲深い……もしかして私を助けに来てくださったの?」
「……いや?……どうでもいい」
吐き捨てるような物言いに、お姉様の顔色は真っ赤に染まる。
「わ、私、この、この、ベリル……この女に暴力を振るわれたんです……!こ、この女、この女を連れて行ってくださいませ!」
「ほぉ……?」
足元まで地を這うようにして殿下に縋りついたお姉様は、こちらを指差し金切り声で責め立てる。
一度はお姉様の行動を制したのに対し、今度は触れる事を許したのか、足にしがみつくお姉様を咎めることはしない。
それに気を良くしたのか、ニヤけて歪んだ笑顔がこちらを捉える。その瞳にはよく深い物がぐるぐると渦巻いて、その恐ろしい目つきにぞわりとしたものが背を這った。
「ちが、」
「あの女、貴族である私に手を出したのです……!どうか、あの女を……!」
ギラギラとした目が、私と殿下を行き来して、息荒く喚き声を上げる。私の言葉もかき消すように声を荒げる。
「殿下、私を……助けてくださいませ……」
「ふん、助ける? では、先ほどご自分で訴えていた事はどう説明する?」
「え……?」
殿下の冷たい声が、空間を裂いた。
「廊下にも聞こえていたぞ?」
殿下の声が楽しげに揺れる。くつくつと笑う声が妙に恐ろしい。旦那様を見上げれば、同じように冷えた視線をお姉様に送っている。
ふと、殿下と共に部屋に入って来た騎士団の人々はちろりと視線を合わせ合い、少しずつ殿下に近づいていく。
いや、どちらかと言うと、これはお姉様に近づいている……?彼らの視線を辿ればお姉様がいた。
「『小鳥を売る』、『薬』、『密輸』……この言葉は俺がずっと追っていたものだ。末端の末端には知らされていなかったか? それとも気を抜いたか? たわけめ」
「は、ぅ……それは」
どっと吹き出すように湧きだす汗が、お姉様の顔を濡らす。
「麻薬の密輸についてはトラフ家の入っている派閥が怪しいのはわかっていたからな。別の小鳥の女性を調べていた。しかしなかなかに使用を認められる行為がないものでな。実に憤懣やる方ない思いをしていたものだが……」
「あ、ぁぁ、そんな、私は……私は悪くない……」
「たわけめ。おい、連れて行け。隠れたこいつの両親も一緒にだ」
「はい」
殿下に指示され、数人の騎士団の騎士がお姉様の腕を拘束し、勢いよく立たせた。お姉様はよろめきながらも、乱暴に手や足をバタつかせ暴れたが、屈強な騎士には全く歯が立たないようだった。
「ひ、やめて! 触らないで! 穢らわしい!わた、私は! 貴族よ!? 全部あの女のせいなんだから! あの女と化け物! あいつらさえいなければ!あのお、…ぐっ」
徐に近づいた殿下は、お姉様の顎を掴むと、力づくで自分の方へ顔をあげさせる。
髪は乱れ、細く華奢な顎が乱暴に上へ上げられた。
「化け物……?彼らがか?かの宝具使い(アトランド家)を捕まえて、化け物だと?よく回る口だな。その舌、切り落とすか?」
「ひっ」
「彼らの治める領地はこの国の宝と言って差し障りない。優先順位は貴族などと比べ物になるか?ならないだろうな」
「ほう、ぐ?」
「彼らにしか与えられない。彼らにしか作れないものだ。それがお前になんだかわかるか?あの奥方が夫人になってから随分とこの国を守る財力は上がっている。わかるか?この意味が。わかるか?この重要性が」
「なに、それ……そんなのおかしいわ、私よりもベリルが大事……?ベリルが上?」
絶望とも取れる顔が、私を見た。
思わず、旦那様の服をぎゅうと掴んでしまった。
「お前達がしている事は真逆だと知るがいい。連れて行け」
虚な眼差しで、空を彷徨うお姉様は、ぶつぶつと「違う違う」と呟くばかりで、力無く引きずられるように連れて行かれた。
◇
貴族の間で密かに流行を見せていた、隣国の麻薬は、人の人格を一時的であるものの破壊し、さらに一度使えばもう一度。さらにもう一度。と際限ないく求めてしまう。そして最後は人間を意思のない肉の塊の人形のようにしてしまうと言う代物だった。
じわりじわりと本当の事と嘘の事が混ざり合い、妙薬としてこの国で密やかに高額で取引されていたのだ。
流行に敏感な世代の女性を鴨に、貴族の令嬢を手にかけ、その女性達を小鳥として囲い込み、売人の役目をさせていたのだ。
我が生家、クッシーナ家も例外ではなかったようだ。
やはり経営状況は火の車、私と引き換えに送られた宝石では日々の出費を賄える程は足らなかったらしい。さらに、宝石の加工の工賃を引き下げる為、今まで私が避けていた様な、質もガラも悪い業者に出した為、粗悪品を大量につかまされる事となったと言うのがクッシーナ家が巻き込まれる事の発端だった。
そこで、お姉様の嫁ぎ先であるトラフ伯爵家が出資をする代わりにある事を頼んだそうだ。
「それが、密輸だったと言うわけだね」
「そう。その通り」
「なるほど……」
旦那様の問いに、随分と気軽な返事が返って来たが、その返事をした本人は、なんと第二王子殿下である。
旦那様、つまりアトランド家のダイニングでゆったりと椅子に腰掛け、葡萄酒を傾けている。
グラス越しに見える顔は、満足気な様子だ。
「この家で露見したあの夫婦の行動、そして薬の痕跡。被害者なのかと思いきや、クッシーナ家が隠れ蓑だったとは恐れ入ったよ。完全に貴族の家しか見張っていなかったからな。このままずるずる繋がった系を引っ張りあげれば根こそぎ掃除できるだろう」
君のご家族には申し訳ないがね、とため息混じりで話す殿下には疲労の色が見えた。
「いえ……資金や人が外に出て行くのは国力の低下に繋がりますから」
「その通りだ。薬漬けの肉と屍ばかりにされては敵わんからな」
そう言うと、殿下は一気に葡萄酒を喉に流し込んだ。慌てて追加を注ごうとすると、すくりと立ち上がり、「結構」と手で制した。
「病み上がりに押しかけてすまなかった。取り急ぎ報告までに。大事なアトランド家の奥方の生家のトラブルだ。しっかりと伝えさせて頂いた」
そう言うと、重厚なマントを纏った殿下は顔も見え無いほど深くフードを被ると、「見送りは無用だよ」と颯爽と部屋を出て行った。
その後、風聞するところによれば、多くの貴族達が捕らえられたと言う話があちこちで広がって行った。それは大きな波の様に不安と不穏を煽ったが、時間が経つごとに人々の記憶からは薄れはじめていった。数ヶ月もすれば、何もかもがなかった様になって行くのだと思う。
件の事件は、これにて終焉となった。
数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
ザマァ展開、上手くできてるかはわかりませんが
麻薬は国力を落とすのに良く使われる手段なのではないかな?と思いながら書きました。
4/7誤字報告感謝です!ありがとうございます!
楽しんでいただけましたら幸いでございます!
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