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31企みと企みの企み2

※少々暴力的です。ご注意くださいませ。






「ベリル……帰ってきてくれたんだなぁ」

「ああ、ああ……よかった」


 扉の前に立つお父様とお母様が、虚な表情でそう言った。私を突き飛ばした人が言うには不釣り合いの言葉に、理解が追いつかない。


「お父様、お母様……」


 よかったなんて、何かを前提としたような言葉に、唖然としていると、どこかを彷徨う目は、ある一定の場所で止まってようやくハッとしたように私を見下ろした。


「……お前、まさか手ぶらじゃ無いだろうな」


 じとりと()め付けるような目がぎょろぎょろと揺れ、怒りと動揺が同時に見えた。

 こんなお父様もお母様も見たことがない。

 まるで崖に立たされた人間を見ているようで、恐ろしい。



「何も?……何も?どうするんだ、お前、何のためにこの家に帰らせたのかわからないじゃ無いか!」


「え?」


 バシン、と頬に衝撃が走ったと同時に、口の中に血の味が広がった。

 ——殴られた?

 ジンジンと痛む頬に、そろりと手を伸ばせば、赤い色が付いた。一瞬遅れて、ああ血が出ているんだなと納得した。


「お前が見目もまともになって金持ちになっているとアンバーから聞いていたのになんてことだ…! これじゃあちっとも金にならんじゃないか!」


「……かね……?」


 ぎょろぎょろと目を泳がせるお母様は、元々細い方だけれど、以前見た時よりも輪をかけて細く、骨と皮だけのようになっている。浮いた鎖骨はまるで病人のようで、震える手は小枝のように細い。その指にたくさん付けられていた装飾品は今は姿を消していた。


 ——あれほど見目を気にしていたと言うのに、なぜ……?



「……そうだ、そうだそうだ……今すぐ、今すぐお前の嫁ぎ先の、あの吸血領主に手紙を書くんだ……!」

「ああ、そうよ! それがいい。あれほどの宝石をお前の為に寄越したのだから、きっとすぐ、すぐくれるわよ」

「ああ、そうだぁ、そうしよう。手紙、手紙を……」


 バタバタと声を荒げるお母様に続いて、お父様は、顔を真っ赤にして何かに取り憑かれたようにヨタヨタと部屋を出ていった。病床に伏せている、と手紙にはあったが、そんな様子は微塵もない。あれは嘘であったのかと、今更ながらに理解した。


 その瞬間、閉まりゆく扉にしまった、そう思った頃には遅く、ガシャンと鍵が閉まる音が虚しく扉から響いた。


 急ぎ扉の取っ手を回しても、空回りするだけだ。


「どうして……?」


 お父様もお母様も、何かに取り憑かれたようで、あれではまるで亡霊だ。

 私を見ているようで、全く見ていない。

 

 

「ふふ、くくっあはっはは」


 突如、ぼんやりと静かに見ていたお姉様がカラカラと笑い出した。薄暗い部屋の片隅で笑い転げるお姉様は徐々に立ち上がると、ギョロリと下から睨め上げてくる。ギラギラとした満ちた表情は、あの夜会を思い出させて来る。


「全部ぜーんぶ、あんたのせいだわ!」


「え?」


 一歩を踏み出すごとに、靴の底がガリ、と擦れ削れる音が鳴る。不必要なほどに細く、長く、背の高い靴の底が鳴る。


「……あんたが」


 よく見れば、贅を尽くしたドレスに散りばめられるように縫い付けられていた宝石は引きちぎられており、その姿は無い。


「あんたのせいで……!私は夜会で笑いものになってしまったじゃない! あんな辱めを受けるなんて絶対許さないわ!」


「何をっ、やめて!」


「うるさい! うるさいうるさい!」

 伸ばされた手が、胸元に伸ばされ、胸ぐらを掴み上げられる。掴みかかる手ががバチンバチンと腕や肩にぶつかって、痺れた。華奢な女性とは思えない力に、突き放そうとしても、痛みで力が入らない。

 お姉様の顔が、血走った目と釣り上がった眉でくしゃりと歪んだ。


 掴み上げられた服を揺さぶられ、乱暴に突き放されたかと思うと、背中と頭が壁にぶつかった。

 

 「……っ」


 ぶつかった衝撃で頭が揺れる。痛みでぐわりと揺れた視界に、二重にも三重にもなるお姉様が手を振り上げているのが見えた。


「やめっ」


 手で防ごうとするも、グラグラする視界では間に合わず、ガツンと顔に手がぶつかった。


 その拍子に、伸ばされた爪が頬を(えぐ)り、ザクリ、と爪が肉に食い込む音がする。

 ジクジクと熱く、痛い。鈍る頭の中で、ぬめりとした何かが頬を流れるのを感じた。


 そのまま勢い良く床に引き倒され、お腹の上に重みが加わった。

 

「あんたのせいで! 騎士団に連れてかれた、なんて噂になったのよ!? おかげで私は夜会でも爪弾きにされ、変な場所に閉じ込められそうになったの!」


「それは!」


 それはお姉様のせいだ。

 お姉様の行いのせい。


「黙りなさい!」


 唾を撒き散らしながら、金切り声が響く。

 手荒れもない、手入れの行き届いた手が顔や頭に降りかかる。急いで手で防ぐがドスドスと鈍い痛みが腕全体を支配していく。


「あんたばかりそんな宝石やドレス!その服も私によこしなさい!あんたなんかに似合うわけないじゃない、お前のような地味で無作法な女……!ああ、そうだわ。あんたみたいな女より、私の方が良いに決まってるのよ……! この恥晒し! お父様とお母様があんなのになったのも、私がこんな惨めな思いをしたのもあんたのせいよ!」


 恥……?


「恥って何?」


 私のせいでってなに?


「あんたの旦那、今までみたいに私が貰ってあげるのよ。ハズレ領主を私が有効に使ってあげるって言ってんのよ!」


 耳を(つんざ)くような怒声に、責めるようにがなり立てる、悲鳴のような声。


 心の中で、何かがガシャンと音を立てて崩れる音がする。今まで何度も何度も口をついて出そうになるのを押し込めていたものが、プツンと切れる。


 昔から私は愚図だ、ノロマだ。何もできない、誰にも選んでもらえない地味で仕事のできない役立たず。

 今までずっとそう言われ続けて。

 そうなんだ、役立たずだから仕方がないと諦めていた。


 そんな私を受け入れてくれて、褒めてくれて、必要としてくれる優しい旦那様を……?

 そんな方を使ってやる?

 心の奥がカッと熱くなる。

 目の奥が、今までにない感情でグラグラする。


「……私のせいで……? お姉様は自分が何したかわかっているの?何でこんな事になっているかわからないの?」


「は……? あんたなんかに説教なんてされたくないわ! 私の方が美しいのだからベリルよりも愛されて当然だし、宝石だってあんたがつけてるより私がつけてる方がいいに決まっているのよ!あんたの旦那だって吸血ハズレ領主の割には見目が良いから貰ってやるって言ってんの! 一丁前に反抗してるんじゃないわよ!!」


「!」


 耳飾りを取ろうと、顔に伸びる手が、服を引っ張り、ぶちぶちと生地が悲鳴を上げる。

なんとかして逃れようとするが、引っ張られ締まった首に加えて、腹の上に乗られている所為で動けない。苦しい。

お姉様の手が、宝石に触れる。


「……だ、め……」

 手を払い除けようと、お姉様の手に爪を立てれば「ぎゃあ」と声を荒げてようやく手が離された。


 はっ、と息を吸い込めば、ようやく頭がクリアになっていく。

 

 

「……貰ってあげるなんて! 人を物のように扱わないで! 宝石も、渡せない!今まで何でも奪ってきて!これだけは!私は旦那様を愛してるから」


 今までお父様もお母様も、全てお姉様のものだった。家族も全部。


 私は、私のために一緒に考えて、気遣ってくれる優しい人を諦められない。優しい時間をくれる人を、失いたくない。熱くなる目頭がジンジンと痛い。滲む視界は、ゆらゆらと揺らいで、頬に熱いものが流れて、ピリピリと傷口を濡らした。

 それさえも気にならない。


 ——ガンッ!

 

 目の前が真っ暗になる。 

 頭が割れそうに痛い。

 ビリビリと皮膚が痛む。

 焦点がようやく合うと、手を伸ばすお姉様の手が見えた。


 



数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。


少々しんどくなってしまいました。


面白かった、続きが気になる!と思っていただけましたらブックマークなどしていただけると嬉しいです。執筆の励みになります。


楽しんでいただけましたら幸いでございます!

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