表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/46

30企みと企みの企み




「あ?」


 背の高い大柄な男が、腰を折り、探る様な声で、こちらを覗き込んだ。

 よくよく見ればその顔には覚えがある。


 旦那様が以前から交流のあったアーノルド様だ。前回の夜会でも、確かにその顔はあったのが脳の片隅でピコンと飛び出した。

 

「なんだ?薬物で頭やられてんのか?」

「ち、違います!アーノルド様、ですよね……っ」

「なんだ?俺の追っかけくんか?どこかで恨みでも買ったかな」


 アーノルド様が僕の発言に対して気味が悪そうにウゲと舌を出した。


 確かに。

 そうなるのは分かる。

 声をかけたわけでもなければ、ただのイチ使用人である僕を認知している訳も無いのは承知の上だ。しまった。初めてあちらからの認知が必要だと後悔した。

 あらゆる場面において、こちら側が知っているだけで有利に働く事が多いのだが、今日ばかりは、自分に落胆するしか無い。




「……僕は旦那様、ヴァン・アトランド様の従者です」

「ヴァン……?」


 アーノルド様の目がすぅ、と細まり、より一層警戒感を増す。頭からどっと嫌な汗が湧いて出る。思案する様な声が聞こえるが、それが重く、威圧的だ。


「その名前、知ってて言ってるのか?」

 アーノルド様の声は、冷たく熱が無い。

 冷ややかな瞳からは、全く僕の言葉を信じてはいないのが伝わってくる。


「ヴァンを知ってるのか? 調べたのか? なぁ、どう思う?」

 アーノルド様がもう一人の、僕の背中に乗り掛かる人物に声をかける。どう思う、とは問いかけているが、きっともう答えが決まっているような温度に、焦りが勝る。


「うーん、どうだかな。とにかく捕まえて、ヴァンに連絡取るか?よっと」


「いっ……!いだっ」


 背中から重みは消えたが、思い切り捻りあげられた腕はかなり痛い。ミシリ、と唸る腕は、もう限界を迎えている。


「おーい、俺の名前は?知ってるか?」

「ぐ、と、トム様です……!」

「ふん、俺の名前も知ってたか。こいつは臭いな」


「ち、違う! 本当に! 僕を調べるのは勝手にしてくれ! 騎士団のアーノルド様とトム様で合ってるなら、奥様の、奥様の様子を確認してくれ……!」


「は……?」

「あ……?」


 低く沈んだ声が、弾けた様に発せられる。

 普段はこんなに目上の人間、しかも旦那様のご友人にこんな話し方、普段は到底許されない。

 しかし今はそんな事よりも、奥様だ。


 これほどまでに玄関先で騒いで人が一人も顔を出さないのは異常だ。この国の一般的な家庭よりも裕福であろう外観から考えても、使用人の一人や二人は居ないと回らない。


 パッと自由になった体が、地面にぶつかるが、そんなことはどうでもいい。腕の痛みも、思っていたよりも軽い。まだ動かせる。


「奥様が、今中に()られるんです……!確認だけでも……!」


「おい、奥様って、ヴァンの奥さんか?」

「まさかベリルちゃん……?」


「はい、ここはベリル奥様の生家です……、何か、何かあるんですか!?」


 急速に顔色が変わっていく二人に、嫌な予感しか頭をよぎらない。ひかかる言葉はいくつもあって、どれも実に物騒だ。

 わからない状況に、妙な焦燥感が募る。

 

「あー、そうか……、急に金払いが荒くなったのはそれか。お前、名は?」


「……レオンです」

「わかった。顔は覚えがないが、聞き覚えがある、ヴァンがよく出す名前だな」


 アーノルド様は額を抑えて、続けて「トム、本部に連絡頼む」と指示を出す。


 何が「そうか」なのかもわからないが、騎士団の名前があれば、無視されることもない。

 重要なのは応答があるか、ないか。奥様が無事か否かだ。


 二人の持つ通信機から、機械的な音が聞こえている。二人が「了解」と通信を切ると、アーノルド様が、「俺が中へ」と口を開いた。


「ヴァンには騎士団から使いをやった。さほど時間もかからず報告が来るだろう」


「俺はアーノルドが中に入った事を報告しておくな」

 トム様はチラリ、と僕を見ると「悪いがお前は見張らせてもらうからな」と言った。

 僕としては問題ないので頷く事に留める。自分にできることは、今のところは無い。僕が大事なのは奥様が無事かどうかだ。


 アーノルド様が頷いて、扉を叩く。

 しばらくして何の反応も無い事を確認すると、「よし、行くか」と扉に手を伸ばした。



「——おっと、どこに行くんだって?」

 手が扉に触れた時、背後から、声が降りかかった。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ