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29疑心と計画



「では、奥様。僕は入り口で待っておりますので、用事が済んだらお声がけください」


「ありがとうございます、レオンさん。すぐ戻りますので」


 にこやかに手を振るレオンさんにお辞儀をして、家に一歩入ると、そこはかつて自分が住んでいた場所だというのに、まるで違う場所に思えた。


 入ってすぐにある燭台はこんなところにあっただろうか?

 玄関のシャンデリアはこんなに大きいものだっただろうか?


 歩くたびに、小さく部屋に差し込む木漏れ日の中、宙に浮く埃に、なんともいえない気持ちになる。


 自分が離れていた時間が長いのか。それとも心が離れてしまって長いのか、そんな事を考える。


 時間にすれば、過ごしてきた時間は全く比べ物になるはずがない。

 それなのに感じる違和感。

 このなんとも言えない疎外感は、どうしようもできない。


 玄関は静まりかえり、人の気配はまるでしない。

 昼間とはいえ、明かりさえもついていないのはどうにも、気持ちの良いものではない。

 どちらかと言えば、とっても奇妙だ。


 


「お父様?お母様?」


 玄関から一つ一つ部屋を確認しながら進んでいく。一歩進むごとにキシキシと床が鳴る。

 その音は今までも存在していたのだろうが、気にしたことも無かった。それほどまでにこの家の中は静まり返っている。音が無い。私の足音だけが、リズムを刻んで、生活する人間が全く見えてこない。コツンコツン、と靴の裏が床を叩き、音がなる。


 使用人の部屋、物置、お姉様の部屋、お母様の部屋、どれも明かりすら灯っておらず、人の気配もない。ただの空っぽな空間がポツポツと配置されている。

 その奇妙さに思わず首を傾げる。


 歩けばぶつかると言っても良いくらい、ここで生活していた時は両親やお姉様と遭遇し小言を言われていたな……。宝石が手に入りづらくなってからは店にいる時間のほうが長かったから、今ではそれも遠い記憶だが。



 玄関から一番遠い部屋に差し掛かると、灯りの漏れる部屋が一つ見えた。

 そろりと扉に手をかける。


「お父様……?」


 そこは家具などまるでなく、明かりの灯った空っぽな空間だけが広がっていた。


 窓もカーテンが光を遮り、蝋燭の光だけがゆらゆらと揺れている。


 その部屋の端には、ぼんやりと佇むひとつの影が揺れる。


「あ……え?」


 髪は乱れ、その場に不釣り合いな、夜会にでも行くようなドレスを着た人間がポツリ、とそこにいた。


 髪の隙間からギラギラと光る瞳がこちらを捉える。


 それは。

 そこにいたのは



「お姉様……!」



 驚いて一歩足を引けば、とん、と背中が何かにぶつかった。

 ひゅ、と息が細くなる。

 足元に目をやれば、何かの影がにゅうと伸びる。


 背中に居るのは、何


 はくはくと口だけが動くも、上手く声が出ない。


 突如、背中に衝撃が加わった。

 ドンと部屋の中心に向かって押し出される。

 

「きゃっ」


 肩と腕に痛みが走る。

 押し出され、倒れこむと同時に、


 バタン!


 大きな音を立てて扉がしまった。



 時計を見れば、もう夜に差し掛かる時間になっていた。辺りはどんどん暗くなっていく真っ最中で、明るく照らしていた太陽は月に変わってしまった。


 自分は気が長い方であると思っていたが、辺りが暗くなり始めてから、徐々に時計を見る回数が増え、最後には5分と経たないうちに時計を確認していることに気がついた。

 

 あまりに短気な行動に、これから気が長いほうだ、なんて偉そうに言えないな、と一人独語した。

 ここに来た時間帯を考えれば、暗くなるのはあっという間だ。

 

 しかし、どうも気にかかる。

 家の中からなんの音も聞こえてこない事も気にかかる。我が主人である旦那様が居られるお屋敷であれば、使用人もその周辺に住む人間も少ないので、物音が少ないのも頷けるが、ここは違う。


 それほど広大ではない屋敷であれば、それなりに物音はするものだ。

 

 果たしてここに人は住んでいるのか?

 

「——使用人としてあるまじき行為だろうが、仕方ない」


 もしかしたら大事な話をしている可能性もあるが、こっちとしても大事な奥様を旦那様から預かっている身だ。

 優先するとしたらやはり旦那様の意向と奥様のご無事の確認だ。  

 意を決して、玄関の扉を叩くと、コンコンと中で響くような音は聞こえてくる。

 返事はない。

 耳を押し当てて、もう一度、同じように叩く。

 やはり、返事がない。


「……おかしいな」


 ここは、扉を蹴破るべきか……?



「おい、そこのお前、何をしている?」


 声がかけられて、驚いてすぐに振り向こうとした。

 しかし、


「ここに用があるのか?」


 誰かの声が耳元で響く。

 もう、すぐ背後にいる。


「!……がっ」


 突如肩をがしりと掴まれたかと思ったら、両手を背中で拘束され床に叩きつけられる。

 流れるような動作に、抵抗の余地もなく、体が崩れ落ちた。

 痛い。が、痛いだろうなと思う間も与えない動作に、嫌な予想ばかりが頭を流れていく。


 両膝を床に落下させられる形での着地に加え、首筋に冷たいものが押し当てられる。

 ヒヤリとしたものが少し動き、ピリッとした痛みが走った。

 ナイフか……!


「どこの売人だ、言ってみろこら」

「ぐ、」

 

 売人?

 盗人や強盗ではなく、か?

 高圧的な言葉に反論したいが、それよりも何よりも、背中に乗るような形で両方の腕をねじり上げられ、痛みで声が漏れた。背中は重いし、腕は千切れそうだ。かなり痛い。

 冷や汗が頭から首にかけて流れた。

 首の切り傷に触れ、チクリと痛んだ。 


「おーい、連絡してくれ」


 ブンブンと手を振る背中の男のせいで、振動が伝わり、拘束された腕がギシりと唸る。

 くそ、拘束する手が両腕から片腕に変わったというのに、されるがままで、解くことができない。


「本命はこっちだったってことか?報告しとくか。あー、クッシーナ家にて不審者捕らえました……っと」


 背中から聞こえる声の他に、もう一人の声が聞こえた。気だるげに歩いており、背の高い大柄な男が小さな通信機器のような物を弄っている。


 黒く、小さな箱。

 見覚えがある、紋章。


「……騎士団、の紋章……!」



数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。


面白かった、続きが気になる!と思っていただけましたらブックマークなどしていただけると嬉しいです。執筆の励みになります。


楽しんでいただけましたら幸いでございます!

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