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28 自覚と残り香




 あれから、私はというと、一層仕事に精を出している。


 あの日、お姉様夫婦がやってきた日は本当に、随分と慌ただしかった。

お姉様と、その旦那様であるオリバー・トラフ様はレオンさんとベルさんがあっという間に騎士団に連絡を入れて二人を引き渡したのだった。

 どんな事があったか、どんな事をされたのか、そう言ったことを話した気がするが、ぼんやりとする脳味噌でははっきり答えられたかどうかはわからない。

 残念ながら、この国では貴族という存在は圧倒的な力を持っているので、どれほど話が通るのかはわからないとベルさんが悔しそうに言っていた。

 恨めしそうに睨むお姉様と、白目をむいていまだに目覚めないオリバー・トラフ様、2人を引き受けにきた騎士たちは随分と混乱しているようだったが、手際よく連れていってくれた。

 

 ほんの少し変わったことといえば。

 なんだか少し旦那様がおかしいことくらいだ。

 なんというか、以前より格段にスキンシップが増えている。

 それはもう、従業員と雇い主という枠ではない触れ合い方だ。どちらかというと——

 

「ベリル、少しだけ良いかな」

「は、はい」

 

 頬にそっと大きな手が添えられて、確かめるようにじっくりと撫で上げる。

 そこは私がオリバー・トラフ様に殴られて、少し切れてしまった場所だ。指にはめられていた指輪でも当たったのだと思う。

 小さな傷だったのでもうそこには何もない。

 まるで恋人に触れるような触れ合い方のくすぐったさに目を細めると「……僕に触られるのは嫌じゃない?」と旦那様が言った。

 緩く首を振れば、安心したように微笑む。


「よかった。あの男のせいでベリルに触れられなくなったらと思うと、もう死にそうだよ」

「えっ」

「ベリル、僕の事、怖くないかい?」

「あ、はい。もちろん」

 

 あの日、駆けつけてくれた旦那様を拒んだ時、服から香る匂いにお姉様の匂いがして、もやもやした。もし同じようなことがあって、旦那様が受け入れたら?そんな事が頭の中でいっぱいになって、気がつかなかったが、旦那様はそれを気にしているのだと思う。

 

 もちろん、そんなことはなくて。

 むしろ、少しこの触れ合いを嬉しく思っている自分も居て。もしかして旦那様も同じ様に思ってくれているのでは、と期待してしまう。


 戯れのような言葉をくれるのもなんだか嬉しく思ってしまうのだから、私も結構単純だと思う。


「さて、旦那様、今日もお仕事頑張りましょう!」


「……ああ。僕の奥様は仕事熱心で本当に助かるよ」


 ふふ、と微笑む姿に、胸がキュッとなる。

 仕事を褒められるのも嬉しい。

 必要とされるのも、嬉しい。

 私を見る目が、優しく細まるのも嬉しくて。


 突然嫁ぐことになった時の理不尽さや諦めは、今はここにない。進んだ時間は、確実に私の中で育っている。

 今までに貰ったことのないものばかり貰っているようで、なんだか贅沢になっている気がする。

  

 プカリと浮かぶ光が、私の周りにくっつくと、たちまち周りに光が集まってきて、『はやく』と急かしてくる。初めは驚いたが、ここの精霊たちとも随分仲良くなれた気がする。それもまた嬉しい。


 この家に住む不思議な精霊が、にこりと笑った気がした。





「旦那様、これ……」

「またか」


 レオンが持ってきたのは、一通の手紙だった。


「トラフ家から、これで何通目だ?中身はいつもと同じ内容か」


「いえ、トラフ家からもありましたが、中身を確認して廃棄いたしました、前回と内容はさほど変わりありませんが、姉君を療養のために他所にやったのでどうにか宝石の融通をという申し出でした」


「我が領地が何を生業としているか調べたんだな、悪い噂が広がれば我が領地より仕入れている宝石店は背を向けるだろう」

「何か流しますか?僕ツテがありますよ」

「いや、必要ないよ。もう何かしてくることもないだろうし……」


 少しあのオリバーという男を思い出して、腹が煮える思いはすれど、そう何度も罪を見逃して貰えるほどの爵位でもない。少し考えればわかることだ。よほどの能無しでなければ、トラフ伯爵家も身の振り方を考えるだろう。



「すまない、もう一通は何処からだ?」

「奥様の生家であるクッシーナ家からです」


「……クッシーナ家? 内容は?」


「……奥様に一度家に帰ってくるようにとあります」

「……ふむ、そうか……どうしようか」

「ここのはお父上が病床に伏せっておられるとありますが、僕はどうも嫌な予感がしてなりません」

「そうだな」

「奥様にお伝えしますか?」

「……」


 渡された手紙の中身を開く。

 少しばかり震えた文字で、綴られている。


 この家に嫁いで来て、ほとんどをこの屋敷で過ごしているベリルを思うと、この手紙を処分するのは気が引ける。


 手紙には、しっかりしているベリルの方がクッシーナ宝石店の財務の事もわかる事だろう、と書かれていた。ダメ押しに、頼りにしているとまで書かれている。これを無視して良いものか。確かにあの姉君ではとてもではないが財務に関しては明るくないだろう。


 問題は姉君やその旦那と会う事がないかだが、流石にこう謝りの手紙をよこすくらいだ、あの二人を外に出すことはしないだろう。


「では、ベリルに見せて彼女が行くと決めたならその通りに。彼女にとってお父上と母君が姉君と同様とも限らない。貴族の家系に関わると気を病む者も多く居る、トラフ家もそのせいかもしれないからね」


「わかりました」


 家族というものは、大事にできる時にしなければ居なくなった時に後悔が襲うだろう。

 それはいつも突然やってくるものだ。

 覚悟を決めておくなんてことはできない。


 執務室の椅子に座れば、机の上には宝石の寸法表や価格表が置かれているのが目に入る。

 ベリルが作ったものと、父が持っていたものだ。



「レオン、ベリルが行くと決めたら、用事が終わるまで付いていてくれるか?」


 部屋を出ようと扉に手をかけたレオンが、僕の言葉に足を止める。


 ゆっくりと振り返ると、ふ、と目を細め「当たり前でしょう」と言い切った。どうやらもとよりそのつもりだったか。


「何かあれば、僕か、もしくは——」


 レオンは一拍置いて頷くと、手紙を手に部屋を出ていった。


「……また何かしたら……許すわけにはいかないな」

 




「ベリル、行くことにしたのか?」


 玄関口まで見送りに来てくれた旦那様は、心配そうな顔を隠すことなくやってきた。

 あの日からずっとこれなので、私がもう気にしていないのが変なのかと思ってしまう。


 「はい……どのような状況なのかはわかりませんが、顔を一目見て、店の状況も確認してこようかと思います。それが終わったらすぐ帰ってきますので」


「……! ここを帰る場所だと思ってくれているんだな」


「もちろんです。帰ってきてはいけませんか?」


 今更ではないか、と思うが、旦那様は花が綻ぶような笑顔で私の手を取ると、そのままぎゅうと腕の中に誘い入れる。腕が回され、すっぽりと体が覆われてしまった。花でも抱くように優しく包まれた体は、暖かさは感じるが、窮屈さや苦しさは無い。

 ふわりと伝わる暖かさに、顔が熱くなる。


「すぐ帰っておいで」

「……はい、もちろんです」


 旦那様は頷くと、ポケットから小さな箱を取り出すと、美しい青い色の宝石のついた耳飾りを取り出した。不思議な色をしていて、一目ではなんの宝石なのか判断はつかない。青いと思っていた宝石は角度が変わると赤くも、紫にも変化していく。


「綺麗……」

「……お守りだよ。何も無いだろうが、これはきっと君を守ってくれるはずだから」


 優しく微笑む旦那様に見送られ、耳にもらったばかりの耳飾りをつける。

 なんだか、少しだけ強くなれた気がするから不思議だ。


 夜会に置いて、ドレスや装飾品は武器になるとまで言われるが、全くその通りだと思う。


 レオンさんが用意してくれた馬車に乗り込めば、一定のリズムを刻んで揺れる馬車に身を委ねた。


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