26 小鳥の誘い
「……うふ、ふふ」
「? 何を笑っているんです?」
異様な雰囲気の奥様の姉君である伯爵夫人を椅子に座らせて、様子を見ていれば、突如くすくすと笑い始めた。
自暴自棄になっているのか、この状況が単に面白いのか、計り知れないが、異様な状況であることには変わりない。
可憐で美しい少女のような見た目のこの夫人の目的は旦那様で間違いないのだろう。
透けて見える欲望に、おそらく旦那様も気がついておられる。
「ふふ……ベリルはきっともう壊れちゃったんじゃないかしら……時間は十分あったもの……あの子きっと初めてよ。初めてであの量はきっと耐えられないわ」
「は、それはどういう意味で?」
それは辱めたという意味なのか、量と言うのが一体何を指すのか。
「あはは、これで私のものになるわ。だって、壊れたものなんて要らないもの、ベリルのドレスも、宝石も、全部私のもの……ベリルが居なくなれば、ヴァン様も私を選ぶの」
甲高い笑い声に耳が痛い。
「旦那様が貴女を選ぶ?わけがわかりません。旦那様は奥様とご結婚されております。貴女も姉ならお分かりのことでしょう?第一、夫人、貴女もご結婚されているではありませんか」
「わかっているわよ、そんな事。貴族は小鳥を飼うことを許されているのよ、それは何人でも良いの」
バカね、と蔑むような目がこちらを睨む。
そんな事はもちろん知っている。
小鳥が何を指すかもわかっている。
古くから貴族というものは愛人を持つことを許容されている。だが、それを小鳥と呼ぶのも、堂々とするものではないと言う証ではないか。
僕の顔をじろじろと見る瞳が徐々に怪しく光始めると、ニタリと気味の悪い笑みが僕の顔でぴたりと止まる。
細い、傷ひとつない白い指が僕の顔に向かって伸びてくる。
「なぁに?使用人、あなたも飼われたいのかしら?」
独特なねっとりとした甘えるような声が、耳に届いた時には、頬に指が添えられていた。
「可愛いお顔。私が飼ってやっても良いのよ、ほら、口を開けて……」
顎に指が滑り、両手で頬を囲い込まれると、あっという間に夫人の顔が目の前を覆い隠す。
咽せ返るほどの甘い香りが、身体中を包み込む。
鼻が、唇がすぐそこまで迫ってくる。
すぐ目の前の夫人の顔を見下ろせば、すぐ近くで目が合って、妖艶な笑みを浮かべた。
「ベリルなんかより素敵な思いをさせてあげる」
ああ、うるさい
近寄ってきた夫人の足を蹴り飛ばし、足を払ってやれば、後ろにぐらりと傾き、座っていた椅子に再び尻餅をつく形で戻してやる。
「きゃ、い、痛いじゃな」
「うるさい」
——ドン
「ひっ」
椅子に座ったのを確認した後、テーブルと椅子の開いた隙間を埋めるように椅子を蹴り飛ばせば、良い具合に夫人の腹と机の距離が縮まる。
「僕、積極的な尻の軽い女って嫌いなんですよね」
この女、自分の今の立場がまるでわかっていない。数秒経ったら自分の良いように妄想と空想を膨らませて勝手なことばかり。
女の胸元に指を絡ませれば、ほらね。あっという間に期待に満ちた目をする。
「何を……」
胸元のやけに豪勢なリボンを引き抜けば、やはりただの飾りだったのか花のように胸元を飾っていた布がシュルリと解けて、解けていく。
は、と息を吐き出せば「あ」と嬉しそうな夫人の声が小さく溢れた。
布を口に咥えて背後から両手にそっと手を掬えば、うっとりとした夫人の瞳とカチあった。
「尻の軽い女は嫌いですけど、馬鹿な女は嫌いじゃないですよ」
「え?ぎゃっ」
ぐるりと巻いた布を思い切り、引っ張った。
◇
ヒステリックな声に、頭が痛い。
こんな女相手にしてるだけで頭がおかしくなりそうだ。
チラリと椅子に縛った夫人を見る。
「痛い、痛いわ、腕が千切れてしまうじゃない!」
「うるさい」
「無礼よ、早くほどきなさい!」
口にも布を巻いてやればよかった。
はぁ、と吐き出した息は、自分とこの女しかいない空間にあっという間に溶けていく。
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