24雷客
「いやぁ、こんな時間に申し訳ない。私はトラフ伯爵家のオリバーだ。まさかあの時の美しい御令嬢がこんなボロ、いや失礼。このように人気のない屋敷に住んでいるとは驚いた」
「はぁ」
「ちょっと、ベリル、もう少し気の利いたものは無いのかしら? 甘いものが食べたいわ」
「お姉様、今用意するから」
「ベリル、私は伯爵家に嫁いだのよ。そんな気安く呼ばないで。不愉快だわ」
「……はい、トラフ伯爵夫人、ベルさん、お願いね」
「はい、奥様」
横柄な態度は身分が変わっても変わらないのか、いや、むしろ酷くなってしまっている気がする。
ため息をつきたい気持ちをグッと堪えて、ベルさんにお菓子を持ってくるように促す。
「ああ、そこのメイド」
「……はい」
「私が良いというまで部屋には入らない様に」
「? ……はい」
顔に出やすい性格なのか、ベルはほんの少し怪訝そうな顔をして部屋を出ていった。
よくわからない指示だが、妙にひかかるような言い方をするお姉様を見る。
家にいた時よりも結婚した今の方が随分と着飾って華やかになっている。身につける宝石は倍ほどに増え、眩いばかりの装飾がギラリと光っている。
時刻は20時を回っている。
せっかく今日の仕事を終え、一息ついているだろう料理長を呼びに行くベルさんの心境を考えると、とても穏やかではないだろう。戻って来るまで時間がかかるかもしれない。
「……ああ、すまない。ベリル嬢、手洗いに案内願えるだろうか?」
不意に、手元に影がかかる。
そうすれば、ふわりと香水の香りが鼻についた。
思わず鼻をつまんでしまいそうになる、むわりと香りたつ甘い香り。
ねっとりとした声が、すぐ真上から降りかかる。気がつくとあまりにも近い距離にお姉様の旦那様であるオリバー・トラフ様の顔があった。
「あ、はい、ただ今」
「ではよろしく頼むよ」
「は、……えっ?」
するりと腰に手が回る。
すり、と撫でる手が馴れ馴れしく気味が悪い。
不快な手から逃れようと、思わず身じろいだ。
「ベリル」
地を這うようなお姉様の声が、私の名前を呼ぶ。
ブルリと背筋が震えるような、嫌な予感を呼ぶ声色。
振り返り見ると、恐ろしいほどに目が鋭く、口をぐにゃりと釣りあげたお姉様と目が合った。
「不敬は、許さないわ」
返事をする間もなくパタン、と扉が閉じる。
立ち止まるのも許されないほどに腰に強い力が加わった。
「さぁ、案内願おうかな、ベリル嬢」
機嫌の良さそうな、ねっとりとした言い方でこちらを見下ろす目は、獲物を狙う猟師のように怪しく光っていた
数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
◇女性はお花を摘む、男性は雉を打ちに行く、と言うらしいですね。
どちらも元々は登山用語だそうで、外で使うそうですね。こちらでは現代風にお手洗いと書きました。昔の人はなんと言ってトイレへ行っていたんでしょうか?




