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23来客



 夜会から数日が経っていた。

 

 お姉様と会って、少しばかりトラブルがあったことはまだ旦那様には話してはいない。

 アーノルド様も、私に気を遣ってくれたのかその事は話さないでいてくれた様だ。



「じゃあね、ベリルちゃん。何かあったら俺を頼ってね」と、さりげなくウインクをして行ったが、きっとお姉様との事が含まれているのだろう。騎士団長をしているのだから、「何かあったら」と言う言葉は意味深なものを持たないかもしれないが、私にとっては十分な言い回しだった。


 とっても心強い。


「おい、なんだそれ! 俺も俺も! 絶対力になるからさ!

「………そこは僕だと思うんだが」





 今日もいつもと変わらない日々を過ごしている。泥とインクで汚れてしまうが、なんとなくこっちの方が自分らしいと思う。

 すっかり石を掘り出すこの作業が落ち着く様になってしまった。

 夜会の後に待っていたのは、仕分けてあった宝石の販売価格の整理を行なった後、卸業者に販売するのだが、価格はしっかり市場調査をしたため、買い叩かれるのを回避できた。

 今までが何も知らないのをいいことにやすく売らせていたのだろう。


 かなり渋い顔をされたとレオンは言っていたが、遠い場所から仕入れるよりは安いであろう価格なので、否とは言わなかったそうだ。


 宝石店や貴族の夫人達は宝石の不足で高騰していた宝石の金額が戻る事を喜び、待ち侘びているはずなのだ。これは私が店頭に立って見ていたことなので間違いない。


「そろそろ今日はこの辺にしておこう」

「はい旦那様、あっ」


 ベルが持たせてくれたタオルで、旦那様の頬の汚れを拭き取れば、恥ずかしげに旦那様は身をよじったが、「動かないでください」と声をかければ大人しくピシリと固まった。

 しばらくすると、旦那様の大きな手が、そっとタオルをもつ私の手に重なる。

 

 

「どうされました?」

「………先日の夜会は一緒に参加してくれてありがとう、ドレス、よく似合っていたよ」

「あ、ありがとうございます、私なんかがあんな素敵なドレスを着れるなんて思ってもなくて、その、嬉しかったです」


「ベリル、君は美しいよ」


 私の言うことを静かに聞いていた旦那様は、しばらくの沈黙の後、そう、口を開いた。


「君は、自分なんか、とよく言うが………、あの場に居た誰よりも美しかったよ。誰もが君を見ていた。気が付かなかった?」


「そんな、それは私じゃなく、旦那様の方です。皆旦那様の容姿を褒め称えてました。私も、旦那様は格好良いと、思いましたよ」


「………本当?」


 コソコソと周囲から聞こえてくる話を聞いて、心の中で旦那様が格好良いのは私も知ってる!しかも普段は可愛い部分まであるんだぞ、と得意げになったのは内緒だ。


「はい、もちろんです。ふふ、面と向かって言うのは恥ずかしいですね」


「………でもやっぱり君は気がついていなかったんだね。僕は、気がついていたよ。君がたくさんの男達に見られていた事。だから、少し、苛々していたかもしれない」


「え?」


「君は、自覚が無いところが可愛くもあるけど、憎らしいね」


 旦那様の手がすり、と私の頬を擦る。

 

「君のその無防備なところが心配だよ」

「わ、私が無防備、ですか?」

「僕は」


 ぐっと近づいた顔が、

 するりと撫でる指がの怪しさに思わず身構える。

 ふ、と口から漏れ出た息が、首筋にあたり、変な声が出そうになり、咄嗟に手で近づく旦那様の胸を押せば、するりと腕を降ろした。


「……ディナーの時間だね。行こうか」

「はい、旦那様」


 差し出された手を取ると、転ばないようにと手を引いてくれる。

 元々旦那様は優しいが、あの夜会からというもの過保護になった気もする。

 スキンシップが増えたといえば良いのか。

 ささやかではあるが、触れ合う機会が増えた気がするのだ。

 

 私としては少し、嬉しい。

 この気持ちがなんなのかは、少し、難しい。

 お姉様に旦那様からいただいた宝石を取り上げられそうになった時に、確かに感じたのは『これだけは取られたくない』という気持ちだった。


 叱られるかもしれないから?

 がっかりさせるかもしれないから?

 追い出されるかもしれないから?

 どれもしっくりは来ていない。


 私が旦那様に貰ったものだから。

 それ以外には当てはまらない。

 自分が妻として貰ったものだと言う主張を譲りたくなかった。そんな口に出すのは傲慢で恥ずかしい思いが私の中にあった。


 それに飛びついてしまうには、やっぱり怖い。

 旦那様の気持ちが知りたいなんて。

 そんな贅沢を願ってしまう自分を叱咤する。


 せめてそんな汚い心の中を知られないようにしなくては。


◇◇



 部屋に、控えめなノックの音が響いた。

 入っていい、と促せば、レオンが部屋に入ってくる。

 困ったような、不思議そうな表情だ。



「あの、旦那様、お客様がお見えです」

「客?……ここにか?」


「はい、今奥様とベルがお迎えにあがっております」

「こんな時間に?一体誰だ?」


「それが、伯爵家の方がいらしています。オリバー・トラフ様とアンバー・トラフ様です」


「……誰だ?」


「なんでも奥様の姉君とおっしゃられておりましたが……」


 本当か、信じ難い、なんて心の声が聞こえて来そうな顔だった。ベリルの姉君であれば、こんな時間に来るだろうか?

 ベリルも少々突拍子もない事を言う事もあるため、それがおかしいだなんて一概には言いきれない。


時計を見れば、時刻は20時を回っている。

 食事も終わり、あとは書類をまとめておくだけ、と言うところにレオンが申し訳なさそうにそう告げる。

 人が尋ねてくるには随分と遅い時間だ。

 これは急いで客室の用意をさせねばならなさそうだ。


「すまないが、至急客室の準備をお願いできるか?」

「泊まるんですか!?」


 念のためだよ、と言えば、レオンは渋々ながらも引き受けてくれた。


「すまないね、迷惑をかける」

「いえ、しかしこんな時間に一体なんの要件でしょうか?」

「さぁ……」



 首を傾げながら用意に向かうレオンを見送り、自分も急いで準備を整えた。


数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。


面白かった、続きが気になる!と思っていただけましたらブックマークなどしていただけると嬉しいです。執筆の励みになります。


楽しんでいただけましたら幸いでございます!

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