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20 トラブル



 1階に降りると、ホールは人が増え、アルコールが入ったせいもあるのか、誰もが談笑をしてより一層賑やかになっている。

 いつのまにか演奏が始まっており、かしこまった挨拶などはもう終わったようだ。リラックスしている人が多い。和やかな顔が多く、純粋に催しを楽しんでいる。


 そうなると、大体はピリリとした緊張感が解け、皆ガードが緩くなる。そうなるとどうなるか。装飾品やドレスを眺め放題なのだ。


 わざとゆっくり人の間をすり抜けて、耳飾りや首飾りのデザインを覗き見る。今の流行りはどうやら重ね付けの様で、どのご婦人も胸元が大きく開いたドレスに、首元までの間に首飾りを何重か重ねつけて楽しむスタイルの様だ。


 中心に本物の宝石、周りにはガラス玉をはめ込んでいるのだろう。なるほど。

 第二王子殿下主催の夜会ともなると、やはり気合の入れようが違うのか、昔行ったことのある夜会よりも見応えがある。

 

「そこのあなた、……ベリルね……?」

「え?」


 突如背後から名前を呼ばれて、何故名前を知っているのだろうと振り向けば、そこに居たのは姉であるアンバーお姉様だった。


「アンバー、お姉様……!」


 名前を呼べば、その表情は不愉快そうに歪み、釣り上がった目は私を睨みつけている。


「信じられないわ、どこでそんなものを手に入れたの……?」


「そんなもの?」


「そのドレス……どうやってそんなものを手に入れたの?それにさっきあなたが出てきた部屋から騎士団長のアーノルド様と副団長のトム様が見えたわ。この国でも特に注目されていらっしゃる方々よ。どうやって誑かしたの? それに、第二王子殿下がいらしていたじゃない……あんたなんなの? なんで、どうしてそんなに美しくなっているの!?」


「それは」


「その耳飾りも、首飾りも!」


 ギョロリと見開いた目は血走り、私の耳から首元までジロジロと見ていたかと思うと、突然痺れを切らしたかの様にズンズンと近寄ってきた。その形相に思わず後ずさるも、あっという間に距離は詰まる。



「ねぇ……ふざけないでよ、あんたは私より美しくてはいけないの。美しくなってはいけないの! 地味で根暗でズタボロでいてくれなきゃ、おかしいでしょう!?」


「お姉様、何をっ……きゃっ」


「よこしなさい……!」


「やめて!」


 伸びてきた手を咄嗟に避ければ、お姉様が驚いた様にぴたりと動きを止める。


 胸元の宝石にあった視線が、ゆっくりと私の顔を、そして目を見た。

 お姉様の、ハクハクと、うまく空気を吸えていない唇が、とうとうブルブルと震え始めた。

 両親にも褒められていた美しい顔が、怒りでクシャリと引き攣っている。


「ベリル……あなたが持ってたってただのゴミなのよ。グズで地味なあんたには似合わないの! 勿体無いわ! 私が使ってあげるからさっさと宝石を渡しなさい!」


「!」


 バッとお姉様の手が大きく振り上げられる。

 ——打たれる!そう思うと、両手に力が入り、手のひらをキツく握りしめた。

 すぐ来るだろう痛みに、目を閉じたが、なかなか痛みはやってこない。



 ——あれ?痛く、ない……?



 恐る恐る目を開けると、目の前にはお姉様の手ではなく、大きな背中があった。


「アーノルド様……!」

「あ、あ、アーノルド・トリトン様……!?な、なんで」

「何を、しているんだい? 穏やかな状況じゃないな」


 目の前にある背中はアーノルド様の物だった。


 腕を掴まれたお姉様は、すぐに手を引っ込めると、悔しそうに顔を歪めて「なんで、ベリルなんかを」と呟くと、覚束無い(おぼつかない)足取りで踵を返し、人混みに紛れてどこかへ行ってしまった。


 もうその姿は見えない。


「ベリルちゃん、一体何があったんだ? ありゃ、誰だ?」

「……私のお姉様なんです」


「は?姉?」


 昔からお姉様は私には当たりが強かったので、姉とはこういうものだと思っていたが、アーノルド様の思う姉とは幾分か違う様で、「姉ってこんな、感じか?」と不思議そうに首を捻っている。

 私は答えを持っていないのが申し訳ない。


「ええと、はい。私の事を嫌ってますから」

「えっ、そうなのか、ベリルちゃんの事嫌うって、なんか、想像できないな。まぁ今日会ったばっかなんだけど」

「私は、お姉様の様に美しく無いですし、うまく家の手伝いも出来ませんでしたから」


 そういえば、しっかり聞いたことはない気がした。お姉様は私のどこが嫌いだったのだろう。いつから、何が嫌で、そうしたら嫌いじゃなくなるか。


「今の事、ヴァンには報告する?」

「いえ、大丈夫です。心配をかけるわけにはいきませんし、それに——」

「それに?」


 探る様な視線がまとわりつく。

 騎士団長という説明通りにきっと物事を察する能力は鋭い事だろう。

 何かを隠そうとする心はすぐに暴かれそうな、そんな瞳から目を逸らす。


「いいえ、何も盗られませんでした。それにアーノルド様が来てくださいましたもの」

 



 奪われたく無い。


 とてもじゃ無いが、汚い心の叫びを口にすることは、できない。

 でもきっと、これが本音なんだろう。


 迷惑をかける事以上に奪われる事を怖がっているのだ。この居心地の良い場所を。



 

数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。


面白かった、続きが気になる!と思っていただけましたらブックマークなどしていただけると嬉しいです。執筆の励みになります。


楽しんでいただけましたら幸いでございます!

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