19王子の夜会
「ほぉ、これは美しい」
しっとりとした低音の声が、ゆったりと音を紡ぐ。ゆっくりと近づいてくるその人はただ私だけをその目に捉えている。
アーノルド様とトム様は目を大きく見開いて、何かを言おうと口を開こうとすれば、金色の男性が、「し」と指を口に当てる。
目が離せない。
金の目がとろけるように細められ、キラリと光る。伸ばされた手は頬を撫で、指先でコロンと宝石を弄んだ。
「まるで闇夜に光る月のようだ」
囁く声は、私にだけ聞こえるように耳の程近くでこぼされた。
しかしその声はどこかチクチクと針で刺されるような刺々しさを含んでいる。
どうしてか、なんてわからない。
笑っているのに笑っていない瞳が、この人を恐ろしく見せる。
怖い。
「この耳飾り、そして首飾り......見事な物だが......どうやってヴァンに取り入った?」
「とっ......?」
一瞬何を言ったのか理解が追いつかなかった。
取り入る......?
取り入る?
まさか、私が、?
カッと顔に熱が高まる。
まるで私が旦那様を誘惑したかのような物言いだ。驚いて金の人を仰ぎ見れば、その目は何がおかしいのか、面白そうに目を細めて居る。
スルスルと頬から首筋、そして胸元のペンダントまで指が伸びると、突如横から腕が伸び、パシリと胸に伸びていた手を掴む。
「揶揄うのもいい加減にして下さい、クリス殿下」
「おい、バラすな」
旦那様が、苛立ったように金の髪の男性の腕を掴み、払いのけた瞬間に恐ろしい爆弾が降ってきた。
「お、王子殿下!?」
「そうだ。はははは、怖がらしてしまったか?」
「も、申し訳ございません」
「良い良い。そのつもりで話した。そこの者たちも楽にしてくれ。第二王子クリスフォードがここに許す。まぁ、束の間のオフってやつだ、身分は気にするな。俺も気にしない」
「はい」
「承知いたしました」
アーノルド様とトム様はそう返事をすると、チラリと旦那様を見た。
旦那様は疲れたようにため息をつくと、「クリス殿下が突然来るからですよ」
「悪いな、俺も疲れたのだ」
「自分で主催したのに?」
「まぁな。これが俺の仕事の一つよ。第二王子は気楽だが、こう言った催し事での国民のガス抜きとカーストの確認は俺の義務だ。気難しい王子の皮をなるだけ厚めに保たねばならんのよ。で、乾杯がなんだって?」
「僕の結婚を祝って乾杯だったんです」
「ん?なんだと?」
「彼女と結婚した」
「あ?」
「それで少し仕事が落ち着いたので、一等良いものを献上しに参りました。こちらです」
旦那様が着用していたスーツの内パケットから小さな箱を取り出した。
それをポンとクリスフォード殿下の手に乗せると、パカリと箱を開く。そうすると、クリスフォード殿下の目が大きく見開かれた。
室内の光を浴びてピカリと光るダイヤは、淡いピンク色に煌めいている。
「ほぉ、これは......確かに一等良いものだ。買い取ろう」
「いいえ、これは献上品です。お納めください」
ぴくり、と殿下の形の良い眉が動いたが、すぐに機嫌がよさそうに宝石を手に取ると光に当てて輝きを楽しむように角度を変えて眺め始めた。
すぐに私に視線が戻る。
見定めるような目つきは、不快感よりも恐怖が勝つ。
好奇の目というよりも、試験を受けているような、そんな感覚だ。
私はどうやら、クリスフォード殿下のお眼鏡にかなわなければいけないらしい。
ごく、と喉が鳴る。
緊張からか、先ほどまで聞こえていた下の階の賑やかな声は耳に入ってこない。
「そうか、しかし見事なものだここ数十年で1番良い」
「ありがとうございます、我が領地の『従業員』が優秀なのでしょう」
「!」
従業員、その言葉にパッと旦那様をみれば、優しげな瞳が、スッと穏やかに微笑んだ。
私も嬉しくて、答える様に微笑めば、目の前のクリスフォード殿下から「ふっ」と安堵のような笑みが漏れた。
「ふむ......下種な勘繰りだったか。すまないな………っと」
クリスフォード殿下が不意に言葉を遮ったかと思うと、小さく残念そうに肩を下げた。扉の外から足音が聞こえ始める。だんだんと数が増え始め、ついには扉が——コンコンコンと、控えめにノックされる。
「時間切れだ、邪魔したな。素晴らしい品を承った礼は必ずする」
ガチャリと、クリスフォード殿下自ら扉を開くと、そこには幾人もの騎士が廊下にずらりと並び立っていた。
武装こそしていないが、騎士の正装を身につけているので、一目でわかる。
クリスフォード殿下はひらひらと手を振ると、優雅に部屋を出て行った。なんだか嵐のようなお人だ。
ホッと胸を撫で下ろすと、緊張していたのは私だけではなかったようで、アーノルド様とトム様も見るからに疲弊していた。
外でビシッと騎士の服を着込んでいた人が2人を見てギョッとしていたので、クリスフォード殿下が私的に会いにくるという状況はかなり驚くべき状況なのがわかる。
「うわぁ〜、びっ.........くりした」
「アーノルドもか。俺もびっくりして腰抜けるかと思った.........」
「変な汗かいたわ。ヴァン、お前クリスフォード殿下と一体どんな仲なんだ?」
「.........忘れてると思うけど、さっき見たとおり僕は領主をしている。我が領地の特産品を知っているか?」
アーノルド様とトム様は顔を見合わせると、静かに旦那様に視線を戻す。その表情は何も思いついていないそれだ。幼子のように2人して同じように反応する姿を見て旦那様は呆れたように肩をすくめた。
友人とはいえ、家の事情まで把握しているわけではないらしい。旦那様の言葉を聞くに、どうやら一応説明はしたようだが、2人の記憶には残ってはいない様だ。
「はぁ.........ご覧の通り、宝石だよ」
「「ああ!」」
旦那様が私の方を指差した。
そこには大粒のサファイアがキラリと光る。
「そうだったな〜、そうだったそうだった」
「ピンと来ていないな......?」
「あ〜、うんうん、そうかそうか、うんうんうん? まぁ、細かいことはいいか! 乾杯だな、乾杯!」
アーノルド様の強引な誤魔化しにより、強制的に握らせられたグラスで乾杯すれば、あっという間にグラスは空になった。この3人は酒豪かもしれない。私も続いてグラスを空ける。
久しぶりに飲んだからかな、それか余程質のいい物なのか、するりと喉を通りあっという間に無くなった。これは飲みすぎないように気をつけないと。
「ふふ、皆さん、仲が良いんですね」
「まー、長い付き合いだからな」
「数年会ってなかったけどな」
「でしたら、私、追加の飲み物をいただいてきます」
「あ、僕も一緒に行くよ」
「いいえ旦那様、お久しぶりにご友人に会うのでしょう?私、少し酔ってしまったので、酔い冷ましついでです」
もちろん、嘘なのだが。
扉の外まで見送りに来た旦那様が嫌に過保護に「気をつけて」と心配そうに口にした。
それは粗相が無いように、という事か、もしくは......。
す、と両方の耳と、胸元を触る。よかった、宝石は落としてない。落としそうでもない。
ホッとする。
「大丈夫です旦那様、私も何度か夜会には行った経験があります。粗相は致しませんのでご心配なさらなくて大丈夫ですよ。それに私、地味ですので!」
ぐっと「心配するな」の意味を込めて、手を握りしめてファイティングポーズを取れば、「いや、そうじゃなく」と旦那様が呟いた。
そんなに心配せずとも、元々地味だと評判なので、むしろ給仕に気がついて貰えるかの方が心配だな、と心の中で呟いた。うんこれがしっくりくる。
「すぐ戻って参りますので、旦那様も戻ってください」
まさか、この後に起こることがきっかけで、あんな事が起こるなんて
この時は思いもしなかった。
--------------
「嘘でしょう.........」
二階の特別室が並ぶ廊下で、部屋を出た女性の背を追いかけるように、柱に隠れる人影が揺れ、ギチチ、と壁を引っ掻く音が廊下に響く。
「あの、グズがっ.........!」
——絞り出すように吐かれた言葉には焦燥と動揺が滲んでいた
数ある小説の中から、この小説を読んでくださりありがとうございます。
面白かった、続きが気になる!と思っていただけましたらブックマークなどしていただけると嬉しいです。執筆の励みになります。
楽しんでいただけましたら幸いでございます!
コメントやメッセージいただけると飛び上がって喜びます