1即結婚
お読みいただきありがとうございます。よろしくお願いします。
二階建ての贅沢な作りの建物は、いかにも高級だと言わんばかりにゴテゴテしくどっしりと店を構えている。
クッシーナ宝石店。
この街1番の賑やかな通りに腰を据えたクッシーナ家の3代目が営む宝石店である。
「ええ!?」
その宝石店の店内からは大きな声が響き渡り、通りを歩く人々はそのただ事では無いような声に、チラチラと好奇の目を向け通り過ぎていく。
店の扉はいつもは華やかな装飾で客を歓迎していると言うのに、今日はどうにも様子がおかしかった。
「口答えは許さん!」
がなり立てるような大きな声が再度店から漏れ出した。
◇
「ありがとう、ベリルさん。貴女の見立てはいつも素晴らしいわ」
「お褒め頂き恐縮です。ご婚約なさるお嬢様に、さらなる幸運が訪れますように。きっとこの宝石が導きますよ」
「うふふ、貴女が言うのなら本当にこの宝石にもそんな呪いがこもっていそうだわ。ありがとう。今度は娘を連れて来ますわ」
「お待ちしております、奥様」
カラン、と店舗の入り口に設置してあるベルが音を鳴らすと、しばらくしてバタンと扉が閉まる音が店内に響く。
娘の婚約祝いに宝石のついたネックレスをご所望されていた、この宝石店のお得意様である奥様を見送る。
下げていた頭を持ち上げると、ふぅ、と息を吐いた。
今日のお客様は何人だったろうか。
このところ客足は遠のいている。
チラリと店の至る所に置いてある宝石を展示するためのガラスケースを覗き込む。
「はぁ……この品揃えじゃあね」
思わず呟いてしまったが、つい不満が口をついて出てしまうのは仕方がない。
何といっても最近宝石がなかなか手に入らなくなっているのだ。我が家は宝石屋だと言うのに。
どうした事やら。
この国の宝石の入手ルートは二つほどある。
一つは東の果てにある場所。
もう一方は西の果てにあるという。
我が宝石店は東の方から主に入手をしている。もちろん西からも入手するが、それはよっぽどのことがない限りはやっていない。
それは何故か。
答えは至極簡単だ。
東の方が近く、運ぶのにお金がかからないから。たったそれだけだ。しかしそれはとても重要な事で、運ぶのにお金がかかるとそれだけ売る価格を上げなくてはならない。他と比べてかなり値の張る物になってしまう。
高すぎる物は誰だって買いたくない。それなら他所で買おうかな、となるのが普通の感覚だ。
そして悲劇。
そのうちの一つ、1番近く、安定的に仕入れていた場所がどうやら不作だと言うらしいのだ。
運悪く我が店が購入しているルートでそれが起こってしまった、と言うのが事の運びである。
項垂れていると、バン、と乱暴に開かれた扉と共にお父様とお姉様がズンズンと店内に入ってきた。いつものことだが、今日はなんだかより一層様子がおかしい。
「結婚だ!」
「へ?」
あまりの唐突な単語に、間抜けな返事を返してしまった。
その態度が気に入らないのか、お父様の顔がムッと険しくなる。
「耳が悪いのか?お前は本当にグズで使い物にならんな!結婚と言ったんだ!」
け?
結婚......?
「ええ!?」
「口答えは許さん! お前には結婚してもらう。いいな」
「け、結婚……」
「そうよ、ベリル。お父様が探して下さったのよ。あなたにぴったりな人をね」
「な、なんで、そんな......」
突然の『結婚』という発言に動揺して、言葉が出ない。
ちょっとだけ整理する時間が欲しい。
お店の宝石をお客様に購入していただいて、数刻もせず店にやってきたお父様とお姉様は、昼間から酒と香水の匂いを纏って鼻息荒く入ってきた。そして挨拶もそこそこに『結婚』ですって?
暴力的なまでのワードに頭がパンクしそうだ。
呆然としていると、ふん、と姉のアンバーお姉様が鼻で笑う声がした。
「あら、ベリルのその不出来な頭のせいでお父様のお店の経営は落ち込んでいるのよ。結婚で救えるならいいと思いなさいよ」
お姉様はニヤリ笑みを浮かべながらねっとりとした口調でそう言った。
「ちょ、ちょっと待ってよ......」
確かにお姉様の言う通り、この店の経営は火の車だ。それは認める。手腕とまで言われると言い返したい気持ちも高まるが、それよりも、やはり。
「よかったわね。あなたのような美貌もなく、色気もない、ただ店に突っ立ってるしか脳のない役立たずをもらってくれる旦那様がいて」
「そんな......」
隣をすり抜けるお父様とお姉様は服の端や手荷物が私にぶつかってもまるで気にしていない。バシバシとぶつかり、ついふらりとした。
「はぁ、今日の売り上げはこれっぽちか......もっと値を釣り上げて上手くだまくらかして売りつけなければ......お前は本当に役立たずだな」
そういうと、お父様は粗い手つきで売上金が入った金庫の中身を鷲掴みにすると懐に仕舞いこんだ。
値を釣り上げて、なんて。
今期は宝石はなかなか手に入らないし、どこの宝石店もカツカツだ。うちは先を見越して少し内部保留をするように手配していたのが功を成して現状なんとか店を維持している状況なのだ。
むしろよく頑張った方なのでは、と思わなくもない。ちょっとムッとしてしまう。
「ふん、まぁいい。アンバーは持参金無しで構わんとおっしゃている。それに特にアンバーの容姿を特に気に入って下さっている。構わんな?アンバー」
「もちろんよお父様。オリバー様でしょう?とんでもないお金持ちだし、貴族でしょ?夢みたいだわ!是非お願いしたいわ」
キャッキャと子供のように声を上げるお姉様もこの話は承知だったようだ。
そうか......知らなかったのは私だけなの......。
私はそんな事初めて聞いて、今にも腰が抜けそうだというのに。
呆然としていると、ニンマリとするお姉様の顔がこちらをじとりと見た。ねっとりとした表情はなんとも言えない嫌な予感だけを感じさせる。
こんな表情が私に向いてる時は、いつだって私にとって良くない話が舞い込む時だけだ。
「ねぇねぇお父様」
待ちきれないと言ったようにお姉様はお父様の腕に手を絡めて、ついにはグイグイと私の前にお父様を引っ張り出した。
引きずられるように目の前にきたお父様は、んん、と咳払いをして、体勢を整えるとニヤと口端を釣り上げた。
「ベリル、お前は辺境の領主の嫁になってもらう。なんでも山奥の吸血領主と呼ばれる人が名乗りを上げて下さった」
「吸血......!?」
さぁ、と血の気が引いていく。
悪い予感はしっかり当たって、私は化け物の嫁に出されるという事なのだろうか。恐ろしい想像が頭を巡り、背筋がぞわりとする。
「あんたみたいなのを嫁だなんて、よっぽど飢えらっしゃるのね。大粒の宝石を山程送って下さったの。あれは何年分かしら?宝石で交換できる女がいいとおっしゃってたらしいわよ。誰でも良いみたいな言い方よね〜、あんたにそんな価値あるのかしら?交換なんて、物みたい。ふふ、きっともう会う事もないわね。ふふふ」
心底嬉しそうに笑って言うお姉様の言葉を噛み砕く。可笑しくてたまらないと言ったように溢れる笑みは、絶対的な悪意に満ちている。不穏な嫁ぎ先に笑いが止まらないのだろう。
昔から私が不幸な目に合うのが堪らなく好きらしい。最悪の趣味だ。いびるのが大好きなのか、私が青い顔をすればするほど喜んでいる。
いやしかし、言葉でなじられるのには慣れている。それゆえに、耳に引っかかるのは『宝石』と言う単語。
「なかなか手に入らなくて苦労してるっていうのに、宝石を? や、山ほど!?」
やったわ!それなら我が家は助かる......
じゃなくて、私と大量の宝石を交換?
自分の口から出た言葉に自分で驚いてしまった。
私と交換だなんてどんなものかと思ったら、想像の100倍の報酬に目が飛び出しそうになる。普通の結婚は持参金も必要だと言うのに、何故こんな高額で私を......?
会ったことも無いのに物を先に送りつけて交換なんて、物のような扱いに、一体どんな目に遭うのかと今後を想像するとゾッとする。
宝石と人が右から左に流れていくなんて事、初めての経験だ。当たり前だが、戸惑ってしまう。
それにしても結婚ってあの結婚?結婚て、こんなに勝手に決まってしまうものなの......?
どさっと目の前に置かれた荷物。
カバン一つに一体何が積め込まれてまれているのか。開いた口が閉じないまま荷物に目をやれば、くたりとした姿のボロボロのカバン。
私の荷物なんてそんなに無いから部屋のものを適当に詰め込んだんだろう。片手で放り投げた姉の意外な馬鹿力に目が点になる。
「じゃあね、ベリル」
床に放られたカバン
勝ち誇った顔の姉
床に放られたカバン
歌でも歌うかのような台詞
床に放られたカバン
それに加えて、もう決まったと言われた結婚の報告にただ呆然とするしかなかった。