15 着飾るということ
パチリ、と目が覚めると、真っ暗だった部屋はもう明るくなっている。
なんだかいつもよりも随分と体が軽い気がする。
足首なんて特にスッキリしている。
ベッドからのそりと起きれば、時刻は午前7時。いつもより何時間も寝坊してしまった。
昨晩はベルさんによる長時間の美容マッサージに、爪の手入れ、そして髪の毛の手入れと至れり尽くせりだった。
特に美容マッサージではほとんど記憶がなかった。
お風呂の前と後に、たっぷりのオイルで揉みほぐされた体は、あまりにも心地が良すぎて、私の体を眠らすのはいとも簡単だった。
おかげで、もちもちの肌だ。
爪も、女性にしては短いと言われたが、仕事をするのに長い爪は良しとはならない。特に土を掘り出したり、岩を割ったりするのに、長い爪では怪我をしてしまう。それを説明すれば、ベルさんは「たしかに」と頷くと、自分の爪をまじまじと見つめた後、私に笑顔を見せた。
「奥様の手は働き者の手というわけですね。私の故郷でも、仕事で汚れた手はそう言われて褒められます!」
「ふふ、一緒ね。ベルさんの番ですよ」
二人で笑い合った後、道具を借りてベルさんから爪の磨き方を教わり、ベルさんにもやってあげた。始終恐縮していたが、ガタガタになっていた短い爪がピカピカでツルツルになるととても喜んでいた。
ついつい綺麗になっていくのが楽しくて夢中になってしまった。
髪の手入れも同じように、お互いの手入れをし合い、気分よく眠りについたのだった。
そんな楽しい時間を過ごした後だったからか、夢すらも見ずに起き、久々にスッキリと目が覚めた。
私は元来眠ることも気持ちがいいことも好きだ。
生まれた家では忙しくてゆっくり寝る暇などなかっただけで、与えられればいくらでも甘んじてしまうような性格なのだ。
手入れされた髪は、いつになく艶々でサラリと肩から落ちる。
ゴワリとして指を通せばギシギシときしみ、クシもなかなか通らなかった頃が嘘のようだ。
お姉様が美容を好んでいたのが少しだけわかった気がする。
夢中になる、まではいかないが、きっと適度に受けたいとは思うに違いない。
こればかりはお姉様とそっくりと言わざるを得ない。
……お姉様は自らもぎ取っていく強いタイプの人だけれど。
——コンコン
部屋にノックの音が鳴る。きっとベルだ。
「ベルさん? おはよう、あら? ここで朝食を?」
「おはようございます奥様! はい! 本日は奥様も旦那様も出発まではお互いお楽しみです。旦那様の方はレオンがお手伝いしておりますので楽しみにしていてくださいませ!」
「……そうなのね」
朝から元気な挨拶と共に、ベルさんはワゴンを押しながら、良い匂いのする食事と共に部屋に入ってきた。紅茶がたぷん、と揺れる。もうカップに注がれていつでも飲めるようにされたそれを一口飲めば、いい香りが鼻から抜けて、喉も潤っていく。
「さて、変身ですよ奥様! 旦那様を骨抜きにしてしまいましょうね」
「ほ、骨抜きって」
部屋にまた誰かが訪ねてきたのか、扉が軽く叩かれた。ベルさんが妙にニコニコとしながら扉を開いて受け取ったのはなにやら大きな箱だった。
「旦那様より贈り物です、奥様」
「え……!旦那様から?」
贈り物なんて初めてだ。
贈り物なんて、という言い方は誤解を招きそうだが、贈り物をもらうような大層なことは何もしていないし、このように誰かから贈り物を貰うという事が何より初めてだった。
受けとった箱は、大きさの割に軽く、より一層中身がなんなのかわからない。
「奥様、開けてご覧になってみてはいかがですか?」
「うん、そうね」
箱にかかっているリボンを解けば、そこにあるのは上等な箱で、どこかの店の名前が刻印されている。
生憎その名前は知らないが、この箱の装飾を見るに、上等な店というのが窺われる。
中から現れたのは、美しい銀の刺繍が施された、見事なドレスが現れた。
空のような美しい青い生地に、足元には美しい刺繍が銀色に輝いている。
今まで見たどんなドレスよりも上品で、美しかった。
あまりにも美しいそのドレスに思わず息を呑む。
「旦那様が、私に……?」
「ええ、そうでございます。旦那様が奥様を思って作らせたものと聞きましたわ。きっとよくお似合いですよ」
「どうしようベルさん、私、こんな素敵なドレス似合う訳ないわ」
「何をおっしゃいます!」
ポツリとこぼした言葉にベルさんはプリプリと怒りながらも、いそいそとドレスの皺を伸ばしていく。
壁に掛けられたドレスは、窓から入る日の光を受けて、刺繍された部分がキラキラ光る。
それはまるで、宝石のようなドレスだった。
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