13 準備準備準備-1
パシャン、と水が跳ねた。
どこから来ているのか、噴水はいつでも水が出続けている。しかしその音は決して耳障りではなく、心地の良い音が部屋中にこだましている。
パシャパシャと水面を弾く音は、なんだか落ち着くものだった。
「夜会ですが、王都で定期的に行われているものですよね。主催は第二王子殿下と聞いております。そこで間違いないですか?」
「ああ、うん。今までは全て宝石の不作を理由に断っていただんだけど、今は君のおかげで良い物も沢山選別出来ているから。止めていた物流を再開していこうと思っているよ。ここ最近は何度も取引を見送っていたから」
不作、って言う表現が正しいのかは、わからないけれど......と旦那様は困ったように笑う。
確かに『不作』という言い方でいいのかわわからない。
育てているわけでもないから、変な感じだ。
精霊が育てていると考えればそうなのか?
けれど、他の言い方も知らないので、「価格の見直しも致しましたし、それが良いかと思います」と、曖昧に笑って誤魔化した。
パシャン、と水が跳ねる。
噴水の中から、泥が落ち切った宝石をひと粒取り出せば、透き通って美しい塊が姿を現した。
加工前であるために、透き通っているが、まだ濁りや傷はある。しかし大粒のそれは削ってしまえばそれはそれは美しくなるだろう。
加工された後の宝石はいくつも目にしてきたが、こうして取れたままのものを目にするのは初めてだ。
あまりの美しさにいつもうっとりとしてしまう。私にとってはこうやって仕分けをする作業も、振り分ける基準となるサイズ表を作ることも全てが楽しい作業だ。
これが天職なのかもしれない。
これほどの量の宝石が店頭に並ぶと思うと、圧巻だろう。
流通する頃に近くの街に見に行ってみるのも良いのかも知れない。
見事な美しさに時間も忘れて惚けていると、ついに横から旦那様が「ふふ」と吹き出した。
見られていたか......。恥ずかしい。
「ベリルは本当に宝石が好きなんだな」
「ええ、とっても。誰かの手が加わらずともこんなに綺麗なんですもの。これなんか美しいと思いませんか?」
「うん。これが気に入っているのかい?」
「これだけではないですよ。どれも素敵です」
小さく傷だらけで、半分以上石に埋まっている宝石も、土色の隙間から覗く真っ赤な色がきらりと光った。それだけでも美しいのだ。
様々な色の宝石が、同じ場所から現れると言うのはかなり不思議ではあるが、精霊の管理下であるとすれば、きっと可能な事なのだろう。
精霊の話はおとぎ話で登場するほどに神秘的で、滅多にお目にかかることはない。
姿なども、絵本に登場するのは小さな人形のもので、私が見た光の塊とは似ても似つかない。
それほど隠されているモノ、という事だ。実際精霊については使用人であるレオンさんとベルさん、そしてここの料理人にしか知らされていない。
つまり、この家に出入りしている者だけ。
そうそう外で、精霊の話題なんてならないと思うが、うっかり喋らないようにしなきゃ。
宝石が入った木箱を持ち上げると、眩い光が腕の中でキラキラと輝く。重いかと思ったが、泥や周りにくっついていた小石などを取り除けば、なんてことない重さになった。
これだけの宝石を使用した装飾品はどんなものになるだろうか。
それを空想するだけでも楽しい。
おっと、いけない。ついつい手が止まっていた。
「ベリルはあまり欲がないんだね」
「欲、ですか?」
「そう。欲」
旦那様が自身が持つ木箱の中から一つ宝石を取り出した。青く美しい宝石。まだ研磨されていない宝石は傷だらけで鈍く光る。
さすがは旦那様。ひょいと持ち上げている木箱は私よりも大きく、石の量も多い。それなのに軽々片手で持ち上げるとは。
男性との力の差を感じる。
「宝石の持つ魅力は大きくて、誰もが求めるだろう?」
たしかに。
事実、宝石店は品数さえあれば日々客足は絶えない。
上質な宝石を揃えていれば、買いに来るお客様は多いのだ。
私のお姉様も宝石に魅了されている人の一人だ。
それを思い出すと、たしかに。と頷くものがあった。
「君は求めないんだな、と思って」
「私ですか?」
「君は、妻に迎えてから一度も何も強請らないから」
「強請る……」
「昔だが、聞いた話では毎月のように贈り物をしている奴がいたよ。まだ婚約者だったみたいだけど」
「それは……多いですね」
夜会では美しい装飾品を競うようにつけている人達が居るが、そういうことだったのか。
「君は?欲しいものはないのかい?」
「はい。こんなに毎日見れていますもの。必要ないです」
「そうか。君は本当に欲がないみたいだね」
宝石を眺める旦那様はクスリと笑うと、手に持った青い宝石を木箱に戻した。
欲しいもの。
そう言われると、なんだろうか。
物なんて、考えられない。
今は毎日が楽しくて考えている暇はない。




