12良き友人とは
「良き友人、だなんて」
「うん......」
「僕、結構いいんじゃないかと思ってたんですけどね。いくら旦那様でもそれは......奥様も、なんと言うか......んん〜、もどかしい!」
「いや、まぁしかし彼女は僕の仕事にも興味を持ってくれている。おかげで精霊もまた我が家に手を貸してくれるようになったし良かったよ」
「旦那様......彼女に気に入られて良かったですね」
「うん、ほんとに......って、ぼ、僕の事じゃないよ、僕の家業を気に入ってくれて良かったって話で......!」
「嬉しそうな顔してたじゃないですか。せっかくできた縁ですし、そのまま育ててみたらいかがですか?」
「そっ」
「そうだ。夜会はいかがですか?招待状、来てましたよ。いい機会です。彼女に贈り物をして誘ってみてはいかがです?」
「夜会、にか」
旦那様は悩むように顎に手をかけて考えているが、やがて頷くと、「考えてみるよ」と答えた。
「旦那様は奥様の事、もう結構好きだと思うんだよなぁ」
「ワタシもそう思います」
するりと音もなく背後にまで来ていたベルが深く頷いた。奥様の身の回りを世話しているベルがそう言うのだ。男よりもそう言うのは女性の方が鋭いというし、信憑性がある。
「ベルもそう思う?やっぱりそうだよなぁ」
「奥様も近頃、はつらつとしたお顔をなされております。きっと旦那様と一緒に居るのが楽しいんですよ。きっと」
「旦那様は少しやらかしをしてしまったが、奥様は寛大なお心で許しておられる。お二人はよく似ておられるから、時間を共にすればきっとお似合いのご夫婦になられるはずだよ」
「では、夜会の日はうんとおめかししなくてはなりませんね」
「その通り!僕も旦那様を大変身させて奥様をびっくりさせて差し上げるよ」
◇
「今度、夜会に出ようと思うんだ」
なんだか今日は少し様子がおかしいなと思っていたら、秘密の部屋に入ってしばらくして旦那様が搾り出すようにそう言った。
「……はい、それは良い事だと思います。最近とっても良い状態の宝石もたくさん取れていますもの。売り込むチャンスです!いってらっしゃいませ」
「あ、うん……」
ものすごく良いことを言ったと思っていたが、旦那様の声は私の予想と反して尻すぼみに小さくなっていく。
「えっと……違い、ましたか?」
いってらっしゃい、と胸の前でぐっと手を握り、応援の意味を込めたが、違ったようで、ゆっくりと手を下ろす。
「あ、あの……僕と一緒に夜会に出て欲しいんだ」
静まり返った部屋に、俯いてしまった旦那様の声がポツリと口からこぼれ、地面に吸い込まれていく。
「え……」
旦那様が、そっと手を伸ばして、私の手をそっと掬い上げると、ゆっくりとその場に跪いた。「あ」と声が出る。その声は相手に聞こえているかはわからない。それほど微かに、口から出てしまった程度。
床は、けして綺麗なんかじゃないし、膝はきっと泥だらけになっているはずだ。
そんなことはまるで気にしていないかのように、旦那様は意を決したように口を開いた。私の手を取ったその手は、とても熱い。
「僕の……妻として、君と、その、夜会に行きたいと思っているんだが、ど、どうだろうか……」
夜会に、と言う言葉に、不意に昔の記憶が過っていく。あまり良くない記憶に、ぐ、と眉間に力が入るのがわかった。
ぴくり、と微かに旦那様の肩が揺れる。
不安気にこちらを伺う様子に、悪い心配をさせてしまったかもしれないと、気がついた。
そうじゃない。一緒に行きたくないわけではない。
むしろ......
むしろ。
「......私なんかが、ご一緒してもご迷惑にはなりませんか......?」
「そんなこと......思うわけが無いだろう」
声に険しさが宿る。怒らせてしまったのかもしれない。
そう思って顔を上げれば、ぐっと近づいた距離に、顔色に、その手の温かさに、心配をしてくれているのだとわかる。
「......ありがとうございます、ぜひご一緒させてくださいませ」
「ああ......」
過去にあった事は、今はもう昔だ。
きっと杞憂に終わる事だろう。




