9 扉の向こう
「ここだよ」
扉の前に辿り着くと、燭台に火を灯す。
それだけでも随分と周囲は明るくなり、旦那様の手元しかなかった灯りは扉全体を明るく照らした。
石造りの道を歩いていたが、その扉はもう岩に付いているような感じだ。
少しばかり古びた木製の扉は、なんてことのない扉で、どこにでもあるような物のはずなのにすっかり何か怖い物があるような、そんな雰囲気のある場所に、少し心臓の音が早くなる。喉がくっついてしまいそうな渇きに、唾も飲み込めない。
扉の前で、旦那様がドアに手をかけた。
キィ、と木が軋む音がした。
「旦那様の秘密が、ここに?」
「そう……僕は覚悟を決めたよ。ベリル嬢は?」
「……はい」
「じゃあ、行こうか」
旦那様が扉を開けると、ほのかに湿気の香りと、土の香りがした。
うっすらと、扉向こうの燭台の灯りのおかげで見えていた中の様子も、旦那様が扉を閉めた事によって、真っ暗になってしまった。
突如何も見えなくなり、きゃ、と変な声をあげてしまった。
それを聞いていたのか、すぐ近くからクスリと笑う声が聞こえてきて、恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなる。旦那様の、「すぐ目が慣れるよ」という言葉通り、目が慣れるまで辺りを見回していたら、ようやく微かに周囲の様子がわかるようになってきた。
どうやらここは洞窟のようだ。
一歩進むと足に小さな石がぶつかって、コロコロと端っこに転がる。整備されているようで、実質は歩く道だけが確保された道だった。
「進もうか」
「何か、先にうっすら青く光るものが見えますが……」
「うん。目が慣れてきたかい? もう少し行くとよく見えるから。ああ、足場が悪いんだ。気をつけて」
どこか嬉しそうな旦那様の声に、その方向を向くと、存外に近いその距離に、どきりと胸がなった。
「わ、わわっ」
しまった……!
チラリと見えた旦那様の表情がとても優しく、見惚れていたのが悪かったのか、何かを踏んでしまって体がぐらりと傾いた。
このまま床に激突するのを覚悟してぎゅっと目を瞑った。
トン、と何か柔らかな衝撃とほんのり暖かい何かに顔が当たる。
んん?
思っていた衝撃がこない。
そう思ってそっと目を開いたら、目の前には旦那様の体があった。
抱きしめるように、支えられた体は、床につくこともなく、倒れることもなく、なんと旦那様に支えてもらうと言うことで難を逃れたようだ。
「わっ」
「あぶないよ」
「あ、すみませ……ありがとうございます」
あまりの恥ずかしさに、再度顔が熱くなる。
「お恥ずかしい、すみません」
「いや、気をつけて。手を繋ぐかい?」
「えっ」
「え? あっ、ごめん!その、危ないと思って、ごめん。僕なんかと手を繋ぐなんて……」
「ああ、いえ、そんな。私こそ触れてしまってすみません……」
しまった。
旦那様は私の容姿を気に入っていないと言うのは確認済みなのに、寄りかかるなんて……あまりの鈍臭さに手を繋ぐ何て言わせてしまったし……気をつけないければ。
「私は大丈夫です。お気遣い感謝致します。行きましょう」
恥ずかしい気持ちを振り切って、背筋を伸ばすと、不思議と気持ちも落ち着いた。
「行きましょう」
「ああ……うん」
「だ、旦那様?」
「うん、いや、うん」
「?」
不自然に立ち止まったままの旦那様の方を振り向くと、何故か両手で顔を覆って立ち尽くしていた。
「不純だ……」
うまく聞こえなかったが、ボソボソと何か呟き、俯いて未だ手で顔を塞いでいる。
暗闇で微かに見える耳は少し、赤い……のか?
目を凝らすが、よくは見えなかった。
旦那様は一定時間動かない。
いったい何故?
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