『全て』を取り落とした少女
「……む?」
一体何だったのだろうか。
少女は身を起こし、あたりを見回した。
――ああそうか、私、自殺したんだっけ。
けれど生と死のはざまに流れ着き、女神と会い――。
「何もかもを思い出したわ」
頭の中に、様々な記憶が蘇る。
猛烈な勢いに乗り流れ出したそれは、もはや止まることを知らなかった。
少女は、海に囲まれた小島で生まれた。
母も父もいたし、ほどほどに充実した日々だった。
けれど不仲の女の子に崖から突き落とされ、海に突っ込んだ。
海を漂い、溺れそうになる中、少女は恨み言を叫びながら、思った。
絶対に、許さない。
そんな時、激しい潮の流れに乗せられ、頭を岩に思い切りぶつけた少女は気を失った。
そのうちに流れついたら最初の海岸というわけだ。
思い出したく、なかった。
思い出しちゃならなかった。女神の言ったとおり、大人しく空の上に行くのが一番だったのだ。
何故なら少女を突き落としたのは、あの娘だったのだから。
成長したから見た目が変わったし、死んだと思い込んだろうから、向こうは気づかなかったのだろう。
何故あの娘が島から離れたのかは知らないが、何年かぶりに再会し、彼女たちは初対面かのように接したわけだ。
けれど、本当は互いを殺したいと思い合ったような、そんな醜い関係だったのだ。
「うっ、うっ、うぅ、うぅぅうぅぅぅっ」
しゃくり上げしゃくり上げ、少女は嗚咽と涙声を漏らした。
築き上げたと思ったものが、今、全部ボロボロになる。
何が正しいのか、もうわからなかった。
「運命などありません」とあの占星術師は言った。少女も、そう思った。
しかし運命は存在したのだ。事実、あったのだ。神がいたのだから当然だろう。
誰も彼もが、この世に生まれた時に定まった運命という鎖には、絶対に抗えぬ。
少女もまた同じだった。
泣き伏せる彼女は希望を失い、よろよろと立ち上がる。
記憶以外の全部全部をなくした少女に前途があるのか。それは、神のみぞ知る、だ。
《完》
『す』『べ』『て』がない。




