二人の令嬢の中身が入れ替わってしまったところ、色々スピード解決した話
息抜きに書きました。
少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
※ちょこちょこ書き直したり足したりしてます、すみません。
完全に事故だった。誰がどう見てもそう。
呆然と自分を見つめる自分を見ながら、サーリャ嬢は現実逃避を兼ねてそう思考を傾けた。
それは向こうも同じようで、見たこともないあんぐりとした表情でこちらを見たまま固まっている。
周囲の騒めきなど全く頭に入らない。
「……さ、サリャ様……?」
「り、リナリア様ですよね……?」
お互いにお互いの名を呼び確信した。
((私達、入れ替わってる──!?))
◇◆◇
公爵家のご令嬢たるサーリャ・アン・アロネリスは、次期王妃となる少女である。
幼い頃に王太子の婚約者となり、優雅に華麗に健やかに成長し、王家との信頼関係を築き、貴族の通う学園に入学した。
勿論、とても辛く苦しい思いをしたし、心が折れてしまいそうになったことも一度や二度ではない。
その人生を注ぎひたすらに努力を重ね、今のサーリャがある。それは学園に通う貴族なら皆が知っている事であった。
しかし最近そのサーリャ嬢に悪い噂が立った。
曰く、元平民の子爵令嬢への態度が酷いものなのだとか。
平民であったが故の考え方や行動に一々口を出しては嘲り、貶し、時には陰湿な嫌味を述べる。
その被害者たる令嬢の名はリナリア・パルシャ。
サーリャの目の前にいる、サーリャの中の人である。
「って訳わからなくなりますからぁ!」
「お、お、おっ、おっちついてく、く、くだしゃい」
「サリャ様の方が落ち着いて下さい! 優雅はどこに行ったんですか!?」
サリャとは愛称である。この呼び方をサラッと口にするのは間違いなくリナリア嬢だ。
「わ、わ、わたくしが、そ、そんな顔をするのはあぶぶぶ」
「私だってそんな顔の私見たことな……あ、えっ。ちょっと? サリャ様!? え、気絶してる!!」
サーリャは己が大きく口を開けて目を吊り上げながら叫ぶ姿を見て、ショックのあまり気絶した。
騒めく生徒達の中から声が上がり、スッと道が開いた。そこから現れた人を見て、サーリャ……の中のリナリアがパッと表情を明るくし声を上げた。
「アレス様! って何これ、喉硬すぎ……」
「大丈夫かリナリア!? なんてことをしたんだ、サリャ! 気に入らないからとは言え、人にこんな事をするとは思わなかった!」
「えっ? あ、あの?」
「リナリア、大丈夫かい、リナリア! 可哀想に、すぐに医務室へ連れて行こう。サリャ、君は家に戻って自室から出るな。この件については父上と話を……」
「う、うーん……」
「リナリア!?」
この時、リナリアは如何にアレス王子が自分の虜になっているかを知って、天にも昇る心地だった。
しかしその心地はサーリャ嬢が目を覚ましたところから変化していく。
「え……アレス、殿下……?」
「よかった、大丈夫かリナリア。恐ろしい思いをしたね。もう心配しなくていい。君は僕が守ってあげるから」
「……へ……?」
「サリャに突き落とされたのだろう? 全く酷いことをする。もしリナリアに何かあったらすぐに罰を与えるようにと思っていたが、まさか本当にそうなるとは」
「あの、殿下……」
「学園に入学するまでは可愛らしいところもあったのに、口煩く傲慢になって、平民を蔑視するようになるとは。こんな女だとは思わなかったよ。僕の婚約者という立場を悪用して他の男に擦り寄ったり、身分だけ見て態度を変えたり、本当に信じられない。しかも自分のことを棚に上げて僕の交友関係には口を出して、何様のつもりかと苛立っていたんだ」
「…………殿下……」
「この件はサリャとの婚約関係に大きく関わることになるだろうね。こんな女を王妃として王家に迎えるなんて考えたくもない! 前々から考えていたんだ、婚約を解消して、真に民を思いやり僕だけを愛してくれる人と共に」
「殿下!」
呆気に取られていたリナリアは、己の姿のサーリャ嬢が大声でアレス王子の言葉を遮った事にギョッとした。
そして今までつらつらと話していたのが本当にアレス王子だったのだと受け入れ、息を呑む。
痛いほど突き刺さる沈黙の中、リナリア嬢の小鳥に似た声が穏やかに話し始めた。
「アレス殿下。お言葉を遮ってしまった事、大変申し訳なく存じます。ですがどうかお許し下さいませ。殿下は大きな誤解をしていらっしゃいます。それだけは間違えてはならない事です」
「ど、どうしたんだリナリア。サリャみたいになって……」
中身はサリャ様ですから、殿下。
相槌を打ちたくても動けない。リナリアは己がサーリャ嬢のように圧のある気配を放てることを初めて知った。
「殿下。まず、階段から落ちたのはリナリア様ではなく、わたく……サーリャです。リナリア様はわたく……しを見て、助けようとして共に落ちてしまったのですわ。決して殿下の仰るような経緯ではございません。それはこの場にいらっしゃいます皆様が証言して下さいますわ。ですよね、ナターシャ様」
突然呼ばれたご令嬢が、顔面蒼白になりつつも頷いた。
「は、はい! 見ておりました! サーリャ様とリナリア様が会話をなさっている時、ふらついたサーリャ様が落ちて、それをリナリア様が咄嗟に抱きしめて……」
「他の方々も同じように証言なさるでしょう。どうか誤解を改めて下さい、アレス殿下」
「あ、ああ……だがそれとこれは……サリャが王妃に相応しくないのは本当の事だろう!?」
リナリアは最早祈るしかない状況に至った。
アレス王子がまさかあのサーリャ嬢の噂を丸々信じきっているなんて思いもしていなかったからだ。
リナリアにはサーリャ嬢を陥れるつもりなど一切なかった。
アレス王子に近づき誘惑していたのは、パルシャ子爵に「我が家の為にアレス王子の妾になってくれ」と土下座で頼まれたからだ。王妃になる気など微塵もない。サーリャ嬢のことは寧ろ尊敬していた。
なんてこと言い出したんだこの野郎。そう泣き叫びたいけれど、この完璧なご令嬢の顔は稼働してくれそうにない。
「殿下、時と場所を選んで下さい。それにはいと答えたら、リナリア様はわたく……サーリャの名誉を傷つける罪を背負ってしまわれるのです。ここにいる皆様が何一つ殿下のお言葉に反応なさらないのは何故か、わからないはずがございませんでしょう?」
「な……そ、そんなことは私が許可すればいい! 皆もそうだ! 王太子である私が許そう!」
「殿下!」
今度は身体の芯が震えるような声だった。
リナリアは今にも倒れそうな心地を必死に耐える。
ああもう黙ってくれ、バカ王子!!
「王家の名は、決して殿下が個人的に使用できるものではございません! 陛下や王妃殿下が定めた婚約だということをお忘れですか!? アレス殿下が許しても、陛下や妃殿下への反逆になることに変わりはないのです!」
よく言った! 流石だ! 流石、この変なところでバカになる爆弾王子を抑えてきたサーリャ様だ!
リナリアは歓喜のあまり涙を流したくなった。流せなかったが。いやどれだけ動く気ないんだよこの綺麗な顔。サーリャ嬢が普段からどれほど自分を隠して過ごしているのか、こんな形で知るなんて思いもしなかった。
「な、り、リナリア……そ、そうか! サリャに言われたんだな!? サリャがそう言えと君を脅して」
「いい加減にしろやこの野郎!!」
もう我慢できなかった。リナリアは激怒した。胸の中で激しく燃え盛る怒りを、サーリャ嬢の姿で高らかに叫んだ。
「サリャ様はいつも私を気にしてくれたんです! 貴族の世界を全く知らない私に、振る舞いや言葉遣い、付き合うべき御家の見定め方や、その付き合い方そのものも全部教えて下さいました! 色々と弁えずに近づく私に『リナリアは可愛い声だね』『リナリアはサリャと違って元気で活発だね』『リナリアは頑張り屋なんだね』なんて言っておいて、全く助けてはくれなかった殿下とは違うんですよ! 真に民を思いやる? 自分は婚約者の手助けすらしない癖に!」
「さ、サリャ……?」
「口煩いとか傲慢とか何!? 私が教わってるところにひょっこり顔出して『厳しい言い方は良くない』とか変な口出ししてたのはそういうことだったの!? サリャ様、意味わからなくて困ってたわよ! 男に擦り寄るだぁ!? 殿下は側近に任せてますけどねぇ、軽く挨拶するだけで印象違うんですよ! お相手を確認しろよ、留学生が多かったでしょうが!」
「あ……」
「身分だけ見てるとかどこの情報よ!? 勢力図を知らないんですか殿下は! 身分じゃなくて家名を見てるの間違いです! 交友関係に口出すに決まってるでしょ! 殿下の声掛け、相手見てないにも程があるんですから! おわかりいただけました!? 何様じゃないわよ殿下の婚約者で未来の王妃様ですよ!!」
サーリャ嬢の声は水のように静謐で深い。そういう話し方を常に心掛けていたから。
しかし今、大波のような荒々しさを秘めていたことが露わになった。
アレス王子はポカーンと己の婚約者を見上げて動かない。
真っ先にこの爆弾発言に反応をしたのは、その腕の中にいるリナリア嬢だった。
「彼女の発言は全てサーリャ・アン・アロネリスの名においてわたくしの責といたします!」
「な、何を言っているんだ、君はリナリ、ァ……いや、まて。その表情、話し方は……まさか……」
じわじわと顔色を青くするアレス王子。
まさか気づいたのかと期待したリナリア嬢。
「き、君はサリャの真似をしたかったのか……!?」
ああダメだ、やっぱりこいつ今は馬鹿だった。
◇◆◇
ようやく事態を把握した生徒達が教師を呼び、一日をかけてサーリャ嬢とリナリア嬢は元の体に戻った。
二人を戻した魔術の教師は「こんな現象は余程波長が合う者同士でなければそうそう起こりませんよ」と汗を拭った。
そして勝手に自爆したアレス王子だが、国王陛下から直々に説教を受けている最中にサーリャ嬢の悪評の言い出しっぺだった事が発覚し、謹慎処分を受けることとなった。
いったい何故そんなことを、と再教育の為に呼ばれた教師が尋ねたところ。
「本や演劇で知ったんだ。平民から貴族になると、それを高貴な者達に貶されて辛い思いをするんだって」
と宣ったのだそう。登場人物が自分と婚約者、そしてリナリア嬢にピッタリだったらしいが、何故妄想するだけに留めておかなかったのか。いくらなんでも口にしていいことではないだろう。
「現実を見ろよ馬鹿野郎!」とリナリア嬢が叫んだのも無理はあるまい。
この事件がきっかけでサーリャ嬢の悪評は綺麗に流れ去り、代わりにリナリア嬢の武勇伝が王都に広がった。
パルシャ子爵は顰蹙を買ったが、他でもないサーリャ嬢が味方についたことで何とかギリギリ許された。ギリギリ過ぎて領地に引っ込まされてしまったけれども。
この片付け方によって最も得をしたのは、他でもないリナリア嬢であった。
養父が領地に引っ込んだ事でリナリアは王都の屋敷に一人取り残されてしまったのだが、そこにアロネリス公爵が声をかけたのだ。
「リナリア嬢には娘の命のみならず名誉までも守ってもらった恩がある。もしよければ、今後のことが決まるまで……そうだな、娘が学園を卒業するまで我が家にて御礼をさせて貰いたいのだが、どうだろう?」
流石に固まっていたリナリア嬢の前に、ひょこっと顔を出したサーリャ嬢。
「あの、わたくしがお願いしたのですが、如何でしょうか?」
これにノーと言う人間はリナリアではない。
リナリア嬢は満面の笑みで、周囲の目を全く気にせず大きく頷いた。
その後、サーリャ嬢は再教育でガッツリ反省したアレス王子の心からの謝罪を受けて全てを許し、和解した。
あの時は馬鹿になっていたが、基本的にアレス王子は成績もいいし良識のあるお方なのだ。時々馬鹿になってしまうだけで。今回は本当にギリギリだったけども。
『こんな女』呼ばわりされたサーリャ嬢が許してくれたのは、長い付き合いがあったからこそ。サリャと呼び続けていたところを見るに普通に未練タラタラだったし、無意識のブレーキが仕事をしてよかったとしか言いようがない。
そういうわけで落ち着いた頃にリナリア嬢にもアレス王子とサーリャ嬢の二人で謝罪と礼を述べ、こちらとも無事に和解が成立した。貴族達の殆どがホッと胸を撫で下ろした。
許しを得たのと、国王陛下が望んだことでアレス王子とサーリャ嬢の婚約関係は変わらずそのまま続いている。
の、だが。
今度はサーリャ嬢がリナリア嬢に付きまとうようになった。
「あの日もお話ししましたが、やはりわたくしとアレス殿下の親友として王宮に入るのは如何でしょうか?」
「今は子爵家も立ち直りつつありますし、私は身分相応にサリャ様の側近か従者になりたいです」
「でも、わたくしはリナリア様とこんな風にお話しできなくなるのが寂しいですわ……」
「ぐぅっ……! 貴重なしょんぼり顔が眩しい……!」
「ねえ、僕がここにいる意味ってあるのかい?」
怒られそうなので口にしないのだけど、こうして見ているとサリャは自分に似ている気がする。こう、変なところで頑固なところとか。
しかしそんなこと言えるはずもなく。
アレス王子は諦めた様子でこの数十回目のやりとりにお決まりとなりつつある一言を述べた後、紅茶の香るカップを優雅に口に運んだ。
お読みいただきありがとうございました。
評価をして頂けて嬉しく思います。
入れ損ねた設定を書いて、御礼とさせていただきます。
完全に蛇足ですがご興味がありましたらどうぞお納めください。
・アレス王子が馬鹿になっていたのは本人の人付き合いに関する事です。一応、留学生への挨拶は側近任せで問題ありません。相手を選ばず声をかけていたのは『誰にでも平等に接する王子』をやりたかったからです。勢力図は頭から吹っ飛んでいました。
・リナリア嬢は運動神経がものすごく良いです。サーリャ嬢が落ちた時も頭をぶつける以外の怪我はありませんでした。将来的には護衛騎士としてサーリャ嬢を支える事になります。きっと。
・リナリア嬢の言う「婚約者の手助けすらしない」は、サーリャ嬢がアレス王子のお馬鹿行動のフォローや、勢力関係の維持の為にあちこちを行き来する際、同行しないどころか側近をつけたりもしなかったことです。
・サーリャ嬢がアッサリしているのは情があるのもそうですが、自分の頑固で騒動になった時はアレス王子に助けて貰っているからです。
・アレス王子とサーリャ嬢の二人はよくこういった変な騒動を起こします。貴族達や国の民、国王陛下らはもう慣れています。
・『サリャ』の愛称は様を付けないことが前提なので、リナリア嬢は滑舌がいいです。アレス王子だと恐らく噛みます。
以上、入れられなかった設定でした。
お付き合いいただきありがとうございました!
またお会いすることがございましたら、その時もどうぞよろしくお願いいたします!