85.第二王妃と謁見
メイドに着替えをしてもらうのはピニアで慣れているけれど、あまり交流の無いメイドにやって貰うのは落ち着かない。しかも相手は、自分よりも階級が上の令嬢だ。
「クーナ様の身体検査は以上になります」
「ありがとうございます」
「では、お連れ様も身体検査をさせて頂きます」
私は例を言った後に、身体検査の順番が回ったピニアの方を見る。いつも通りの落ち着いた様子をみせているが、耳をクイクイと動かしているので、緊張しているのが手に取るようにわかる。
「今度から着替えを手伝うとは言わないようにします」
身体検査を終えたからのピニアは、顔を真っ赤にして廊下を歩いている。彼女が私の着替えを手伝う事に慣れていても、自分が着替えさせられる機会は無い。
「お待たせいたしました。私がクーナ様とピニア様を第ニ王妃ヒヅキ様のお住まいにご案内いたします。離れずについてきてくださいませ」
第二王妃の専属メイドが王宮を案内してくれる様だ。彼女についていく様に促され、私たちは着いていく。簡単なボール競技ぐらいなら出来そうな広い廊下には、真っ赤な高級カーペットが惜しみなく敷かれていた。内装は城よりもはるかに豪華に飾られている。
王宮の入り口を抜けると広い庭に抜けた。遠くには大きなお屋敷が何棟も建っているのが見えた。それぞれが王妃の所有している屋敷らしい。
「王宮にいらしたお客様には、中の詳細を無関係な他人へと、口外されない様にお約束くださいませ」
王宮のメイドさんは身分関係なく、王家の客として私達をもてなしている。ピニアはメイドとして、王宮メイドさんの姿に憧れの眼差しをむけていた。
こんなにも目をきらめかせた彼女は、刀を見せた時以来かもしれない。
私が住んでいた屋敷の母家よりもはるかに立派で大きな屋敷へと案内される。
「ミラン、王妃様はどちらへ?」
「……アスティル殿とヤルヤ殿下のお二人とご一緒に、第一来賓室へと向かわれました」
王宮メイドさんの二人がやり取りを交わした後、案内は再開された。屋敷の中を歩いていると、内装が漆喰から木造の見慣れない壁に変わった。私の家にある和室と雰囲気が似ている。
「こちらへどうぞ。こちらの屋敷では靴を脱いで頂くようにお願いしております」
そこには玄関の様な敷居があり、王宮メイドのヒヅキさんが上がるように私達に促す。敷居を跨いで、私達はいつも靴を脱いで家に上がる時と同じ様に玄関を上がった。
「お二人は慣れているご様子ですが、日異へ旅行されたご経験がおありですか?」
日異は鎖国されてはいるが、交易の為にある港と、外国人向けの観光地だけは用意されている。
「いえ、土足厳禁だと聞いてはいましたので」
「殿下との新婚旅行はやはり、日異で?」
「違います。殿下とはそういった関係ではありません」
「そうですか……あの妹馬鹿が色恋沙汰に目覚めた訳では無いのですか」
本人が目の前にいないとは言え、ヒヅキさんの言いようは容赦がない。しかし、妹馬鹿という事は私も頷ける。
「日異で生活するには和服という服装で行動しなくてはなりません。洋服を着る方もいますが、目立ちやすいのでお勧めしません。これから和服の着付けの手ほどきをさせて頂きます」
ヒヅキさんが着物の着方を教えてくれるようだ。彼女に案内された部屋には、時代劇で見た事のある服が並べられている。
「和装の着付けに心得があるので、お嬢様の着替えは私にお任せください」
「大陸で着物の着付けができる方は珍しいですね。最近の市政ではそうでもないのかしら。もしかして、そちらのお連れの方は、日異の生まれですか?」
「私の師匠が日異の生まれでして。日異語と同じく教えられました。しかし、日異に獣人族がいるのですか?」
「はい、居ます。とは言え、あの国は日異語の扱いで日異の人間かどうか判断します。多種多様な民族が集まってできた国ですから見た目では判断できません」
「お嬢様にはアクセントの練習を徹底的に練習して頂いたので、何の不安もありませんね」
ピニアとマルの二人で、日本語の厳しい練習をさせられた。舌を動かさないとか、舌を動かせだのと、何度、舌を噛みそうになった事か分からないわ。
「確か、クーナ様はマーケットスキルで商品を買う事が出来るそうですね。こちらで和装を用意するよりも、体格に合った物を買われた方が良いかもしれません」
アスティルとヤルヤの二人には、私のスキルについて秘密にするように言っていた。彼女が知っているという事は、よほど信用ができるメイドだという事なのかしら?
「その事はアスティルから?」
「いけない……これはメイドが知ってたらいけない情報でしたね。誤解を生みそうですし、白状致しましょう。私は第二王妃ミヅキ。アスティルとヤルヤの母親です」
私のお母様が確か三十代なので、それを鑑みても、第二王妃の見た目が若すぎる。十代か二十代にしか見えない。
「すごいでしょう、このメイク。子供がいるようには見えませんよね。コズエ、もういいですよ」
王妃様がそう言うと、天井から一人のメイドさんが降りてきた。
「ミヅキ様、お戯が過ぎます。いくら暇だからとは言え、悪戯も程々にしてくだい。ミキも調子は乗るし。お客様も驚かれて……えぁっ!?」
コズエさんというメイドさんは、私たちを見て声を上ずらせた。おかしかった所がないか、自分の姿をキョロキョロと見回してみるが何ともない。
「コズエは忍者みたいで凄いでしょう?」
「い、いつも言っていますが、忍者と違います! あんなのお伽噺です。ちよっと身体能力が高いだけです!」
コズエさんは多分、忍者だ。何があっても動じずに、ニコニコとしているワバルも、忍者かどうか尋ねたらああなるのかしら?
「分かっています。本当に忍者がいるのであれば、私の配下にして自慢して回りますよ」
第二王妃のミヅキさんは日異の武士階級で、この国に嫁いだそうだ。
「お母上、自慢して回ったら忍者の意味がない」
ヤルヤがいつの間にか衣装室に姿を現した。以前、アスティルが隠密スキルを持っていると言っていた。全く彼女の存在に気づかなかった。
「あら、ヤルヤは和服を着ているのね。とても似合っているわ」
「ありがとう。クーナも似合うと思う」
「そうかしら。着方を教えてもらえるようだから、さっそく何か買ってみようかしら。ヤルヤも一緒に見てもらってもいい?」
「例のスキルはクーナとマルにしか見えないから、私には見えない」
「実は見る方法を見つけたの」
私はヤルヤに、マーケットスキル可視化アプリを起動させたスマートフォンを渡した。私はスキルのコンソールを開いて、ヤルヤにその場所を指し示した。
「ほら、ここ見てみて」
「凄い、本当に見えてる。まだみた事が無い物が沢山ある」
マルは赤外線や紫外線という、目に見えない光線を見る事ができる。可視光線では無いので、色がついていないない単色でしか見る事ができなかった。
しかし、マーケットスキルにはある仕掛けが施されていたようで、マルがその仕掛けに気づくと、色付きで見る事が出来る様になったそうだ。それを利用してマルが作ってくれた専用アプリをインストールしたのが、ヤルヤに渡したスマートフォンだ。
「この着物は日異で着ていても不自然に見られないかしら?」
「この子とかいいと思う」
和服で検索して表示させてみると、綺麗な模様の服が沢山並んでいた。花の絵が施されていてとても素敵だ。
そういえば私は物心ついた頃から物に対して、この子と言ったりする癖があるけれど。これを口にすると多くの人から不思議がられる事が多々あった。
同じような事を言ったのは、ヤルヤが初めてかもしれない。
「いいと思います。英雄達がこの世界に渡る前の日本では、平民が洒落た格好をする事はできなかったそうです」
日本から英雄達がやってきたのがおよそ400年前だったはず。その時代の日異は産業革命前で、魔法や錬金術で縫製が出来ずに、人の手で一から作っていた。そうなるとコストも膨大になって気軽に買える物ではない。
魔法と錬金術は疲労が少ないとは言え魔力が必要で、どちらとも大量生産には向かないから、適当に服を買ったとしても安くはない買い物なのよね。
気になった柄の和服を購入した私は、ピニアに着方を教えてもらった。一回で覚えるには難しく、何度か繰り返して覚える必要がありそうだ。
「とてもお似合いです」
「クーナすごく……似合っている」
私は産みのお母様に似たおかげか、日異や日本人の容姿に近い特徴を持っている。日異は大陸人や獣人の混血が多いので、違和感を持たれる事はないでしょうね。
「ありがとう。でも、難しいわね……。覚えられなかったら、ピニアに着替えさせてもらうわ」
「お任せください」
仕事が増えると彼女は嬉しそうにする。不必要に押しつけるのは良くないけれど、ピニアの方が上手なので任せることにしよう。
「私も和服の着付け……出来ない……どうしよう」
「もしかして……ヤルヤも日異へ?」
「国同士の問題が起きたら私が交渉する。護衛はクーナと……ピニアが守ってくれるから大丈夫」
極度の人見知りで声の小さいヤルヤは、身内以外の人間だと、私とピニアとしか会話ができない。彼女の場合は耳がいいからヤルヤ打ち解ける事ができたらしい。
「着付けも護衛も私にお任せください」
「あり……と」
「ピニアさんは腕に覚えのあるメイドだとアスティルから聞いております。ですが、お一人で子供達を守るのは大変でしょう。コズエ、貴女も日異について行ってあげてください」
「い、いいんですか!?」
「……? そういえば実家に帰るのは久方ぶりでしたか。日異から来てからというもの一度も帰ったことがありませんでしたね」
「え……はい。久しぶりに家に帰るの楽しみです。ミキには悪いけど、仕事だから仕方ないですねぇー!」
コズエさんはチラチラと私を見ている。いや、彼女の目線は私の顔より少し上にある。もしかすると、私の後ろに立っているピニアを見ているのかもしれない。
「師匠以外の方は初めてお会いしましたが……どれほどの実力か楽しみですね」
ピニアは忍者仲間を見つけたからか、すこし嬉しそうだ。
「私ごときでは、こそこそ隠れ回るだけが取り柄なので!」
コズエさんが忍者である事は王妃様には秘密にしているようね。日異では、忍者の事は伝承の様な創作だと思われているのかしら。
「失礼いたします。アスティル殿下が応接室にてお待ちしております」
「アデリー、ご苦労様。これから向かいます」
どうやらアスティルが来たようね。
ヤルヤは王宮に住んでいるけれど、アスティルはこの王宮と、城に部屋を二つ持っている。仕事が多い彼が普段使うのは、城にある自室兼執務室だ。部屋の中にアパートを設置してからは充実した生活が遅れている様だ。
「アスティルと船の相談をしないと」
日異へは帆船で1週間かかる。風が吹かなければ進まず。風魔法を使ってゆっくり進んだ場合は1ヶ月になる時もあるそうだ。
だけど、私には発動機を積んだクルーザーを買う能力がある。わざわざ遅い帆船を使う意味がない。
問題といえば、私が自由に使えるお金がない事だけだ。




