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83.歌姫コンテスト(ルレside)

 学園の敷地に建てられているスタジアムの控室に入るのは、入学してから初めて入る。今回は戦うわけでもなく、楽器を演奏する為だ。

 試験日と変わらない緊張が胸の鼓動を早くさせる。趣味でやっていた特技を人前で披露するのは初めての経験だ。


「クーナちゃん……遅いね」

「そうね。本人は乗り気じゃ無かったし。遅れてもいいんじゃないかしら」


 人前で歌を歌った経験がないのにもかかわらず、クーナがどうして歌姫コンテストというイベントに参加する事になったのか。


 それは、彼女が経営するスフィア商会の従業員達が、歌姫コンテストを美少女コンテストと勘違いした所から始まった。

 彼らはいたる手段を使い尽くし、貴族から三通の推薦状を書いてもらったのだ。普通ならそんな事はあり得ない。しかし、クーナに対する忠誠心が奇跡を起こしてしまった。


 日頃、働いてくれている従業員達が忙しい合間を縫って、貴族から推薦状を苦労して手に入れてきた。そんな手前、優しい彼女はコンテストに出ざるを得ない状況に追い込まれたのだった。


「でも、歌とかも作ったんだよね……色々と準備してたのに。ルレだって、新しい楽器の練習を沢山したんでしょ?」


 クーナからもらった指輪に、起動魔力を送ると、周りにさまざまな色の光が漂う。軽く指先に魔力を漏らすように放出すると、一番近くにいた緑色に光る球が寄ってきた。


「その子って、ルレに懐いているの?」

「どうかしらね。表情とかある訳でもないし」


 放出している魔力に揺らぎを混ぜてみる。すると、緑色の精霊が声を上げた。嫌がる様子はなく、私の指から離れることも無い。


「歌ってるの?」

「私の魔力と共鳴しているみたいなの。耳じゃなくて、魔力が音になっているんだと思うわ」


 与える魔力量と揺らぎ、精霊の色によって聞こえてくる音が変わってくる。これを応用したのが、スピリットコンダクター、精霊を指揮する意味をとって、スピッターと名付けた楽器だ。

 本当は精霊を視認化して、指定した精霊とリンクする為の研究用に作られた魔導具だけど、楽器として使ってみたら面白かった。


『ルレさん、開始5分前です。準備をお願いします』


 アピタさんの声が、魔力振動板で作られたスピーカーから聞こえてきた。どうやらタイムリミットも近いようだ。


「調子は良さそうね。それじゃ、行ってくるわ」


 商業ギルドで受けた仕事は、なんとダンジョンで出会った獣人の男の子からの依頼だった。クーナからの無線連絡で、先ほど知ったばかりだ。クーナよりも先にここへ到着する事になっているが、控室にはまだ来ていない。


「ファズくん……間に合うかな?」

「出来るだけ時間は稼いでみるわ。演出の一つだと言い張ればなんとかなるかしら」


 スタジアム中央に繋がる通路へ向かう。ステージに近づく度に緊張が強くなっていく。収容できる人数が数千人ともなれば、それだけ視線があるという事だ。

 

『歌姫を目指す乙女達の歌も、あと二曲となりました』


 細身の華麗な衣装を纏った男性がステージの上に立っている。彼はシテムという名前で、デセンドで活動している有名な吟遊詩人で、コンテストの司会を担当している。

 アピタさんはアナウンスを担当しており、表に立つ事はない。


 私はフィールドに設置されたステージに上がる。観客席からどよめきが聞こえてくる。私がここに立つとは誰も思ってもいなかったでしょうね。

 恥ずかしい……けど、少し嬉しくもある。


「フィアさんは間に合いそうかな?」


 シテムが私に質問をする。心なしか声に焦りを感じる。コンテストに不備があっては、客の盛り上がりが冷めてしまう。彼はそれを危惧しているのかしら?


「ええ、大丈夫よ」

「それなら安心だ。それじゃ、予定通りにお願いするよ。客席は出来上がってる。上手くやれば印象もいい」

「ありがとう」


 私は礼を言うと、周囲の精霊を呼び寄せ、リンクを開始する。私が指に嵌めた指輪と接続された精霊が発光し始める。私の周りには数えきれないほどの精霊が集まっていた。

 人が多ければ多いほど、精霊はたくさん集まる。スピーカーやアンプが無くても、魔力の波でスタジアム全体を響かせることが出来る。

 

「少し集まりすぎね……」


 側から見れば、私が光っているように見えるだろう。供給する魔力を周囲に散りばめる。すると、精霊達は私から離れて、ステージを飛び回るように広がった。

 思いがけない幻想的な光景に、観客が息を呑んでいる。先ほど聞こえてきていたざわめきは全く聞こえなくなっていた。


 私が今やるべきなのは、観客を楽しませる事だ。演奏をすればいいだけでもない。ファズが女の子をここに連れてくる状況を演出として組み合わせる必要がある。


 映画を観ている時の戦闘シーンで、激しい曲が流れていたので、それを真似た物を演奏する。


『ファズくんがスタジアムの中に入ったわ。いま団長と二人で追いかけてる』

『あのファズって坊主、子供一人抱えても早いな……今から鍛えたら凄い事になるんじゃねぇか?』


 エキストラをお願いした、ルトル団長とビド副団長が演劇用の偽物の剣を持って、ファズを追いかけてくれている。


『観客席に出た。……なんでお前が居るんだよ?』

『聞こえてたんだよ……』

『娘さんの晴れ舞台をゆっくりと観たいと思ったからよ。あ、アピタ様、放送装置に接続してください』


 ビド副団長からの合図と共に、正面の観客席が騒がしくなった。階段を女の子を抱えたファズらしきフードを被った人が走っている。その背後にはルトル団長とビド副団長の姿があった。しかし、もう一人想定外の人も付いてきていた。


「お父さん!?」


  思わず驚いて、精霊とのリンクが切れそうになってしまった。しかし、すぐに持ち直す。この程度で、操作を誤るなんて、まだまだ修行が足りないわね。


『追い詰めたぞ族め』

『その少女をこちらへ渡すのだ』

『俺、お前、倒す』


 無線機と放送設備を接続して、彼らの声がスタジアムに聞こえてくる。スピッタの利点は、音と魔力波動は干渉し合わずに、観客に聞こえる事だ。

 ビド副団長はそつなく演技をこなしている。それに対して、ルトル団長は大根役者だ。お父さんは演技が下手過ぎて、衛兵ではなく蛮族と化している。あの父の、取り繕うのが苦手な性格がそのまま出ているようだ。


 観客席とフィールドの境目には、5メートルぐらいの壁がある。戦闘訓練でスタジアムを使う時には魔法障壁が張られるが、今日は作動していない。

 剣を構えた三人の大人達が、ファズに向かって、じりじりと近寄っていく。一騎当千のあの三人が、本気になって襲い掛かれば、雑多兵を一掃できるような戦力だけど、あれは演技だ。王都では有名人なので、知っている観客にもそれは伝わっているだろう。


『死に腐れおんどりゃあ!』


 冒険者口調をお父さんが叫んだ直後、ファズに切り掛かる。少女を抱えた少年は、観客席からステージに向かって跳んだ。

 

『おのれ。逃げられたか!』

『次はそうはいかんぞ!』

『俺、娘、捕まえる』


 お父さんはお願いだから喋らないで欲しい……。恥ずかしくて仕方がない。


「ルレお姉ちゃん、あとはお願いね!」


 フードで素性を隠したファズが、女の子をゆっくりと降ろし、一言告げたあと、去っていった。艶やかな銀髪、上質なカクテルドレスを着こなしている彼女はお姫様のようだ。

 

「はじめまして、フィアちゃん。これから伴奏に切り替えるわ。打ち合わせも何もしていないけど、歌えるわね?」

「うん……」

「緊張しているようだけど、大丈夫?」

「あれに比べたら、全然緊張しない……」


 なるほど、フィアちゃんは彼にかなり惚れ込んでいるようだ。ステージの上よりも、お姫様のように抱き抱えられて、スタジアムを走り抜ける方が緊張したのかしら?

 羨ましいほどのお姫様扱いね。


「そこに立ってる変な棒に向かって声を出して。声が大きくなって、お客さんに聞こえてくるわ」


 フィアちゃんが歌う準備を始めた。精霊達から出る魔力波動と、精霊達の動きをゆったりとしたものに変える。

 スピッタの演奏には感情が必要不可欠だ。今度は、牧歌的な村の道を歩く旅人のイメージに切り替える。


 フィアちゃんの歌声が聴こえてくる。風に揺らめく麦の匂いに、遠い故郷を思い出す旅人の姿を思い描く。

 彼は村を巡り、懐かしさを覚える。二度と戻れない燃えた村に想いを馳せながら、星空を見て涙を流す。しかし、村には彼の涙を拭う女性が現れた。そこで彼は女性と子を作り、その村が彼の第二の故郷となる。

 

 いい調子だ。フィアちゃんも私の演奏に合わせてくれている。歌詞に対する感情移入もいう事はない。彼女がこうして歌うのが初めてだとは思えないぐらいだ。

 一緒に練習できていたら、もっと凄い演奏が出来たでしょうね。それが惜しくて仕方ない。


『フィアさんで、空と大地の境に想いを馳せて、でした』


 フィアちゃんが私に向かって頭を下げ、控室へと戻っていった。

 本来なら演奏が終わると演奏者も控え室に戻るのだが、私は次の出場者であるクーナの演奏もあるのでステージに残っている。先程いた控室には今頃、クーナが待機している筈だ。


『最後はこのコンテストに出資されている。スフィア商会の一人娘、ニェルニエさんです』


 ニェルニエは大陸語で虹という意味だ。偽名を作らないといけないクーナの生い立ちは、大変だと思う。

 

『みんなーこんにちはー!』



 普段の眠くなりそうな低いトーンで喋っている、あのクーナからは想像もできない猫撫で声が、会場にひびいている。

 金髪のウィッグを被って、フリフリのドレスを見に纏い、両手を振っている。階段を上がると、私にボソリと声をかけてきた。


「お待たせ、ルレには迷惑をかけたわね」

「上手くいって良かったわ。客席も盛り上がったようだし、結果オーライね」

『スピーカーの接続しました』


 クーナに抱き抱えられたマルは、ニコニコとした顔を書かれ、猫耳と尻尾まで付けられていた。更に長い線が、大きな箱に付けられている。

 演奏するのはマルで、私はコーラスとライトアップが担当だ。


『それでは最後の曲、ニェルニエさんで、サークルキャプチャーハートです』


 日本という場所には、アイドルという役職があるそうだ。恋やら何やらをテーマにした歌を可愛らしく歌う仕事らしい。

 なるほど、クーナの格好はとても奇抜ではあるけれど、可愛らしい服装だ。

 

 マルが印刷した楽譜通りの曲を演奏し始める。


『あなたのハートを、まーるく囲っちゃうぞ』


 クーナが甘ったるい声を出した後、体をくねらせたポーズをとった。マルの演奏が会場に響く。とても大きい音だが、精霊達の声は観客に届いているはずだ。

 それにしてもクーナってば、あんなに乗り気じゃ無かったのに、随分とノリノリでやっているわね。


『私の恋心、マルとバツ、それとも三角?』

「「ニジュウマル!」」


 観客席から合いの手が聞こえてきた。クーナの所で働いている従業員達だ。


『気になるあの人、知らない子と話してる。そんなの嫌々、私のハートはバッテンハート!』

「「バッテンバッテン!」」


 想像以上にクーナの様変わりに、私は吹き出しそうになる。私の呼吸器がバッテンハートだ。

 いけない……集中を切らして、精霊とのリンクを切らさないようにしないと。私がミスをしたら全てが台無しになる。

 多分、クーナは恥ずかしいのを相当我慢しているはずだ。あれは貴族に頼み込んで、出場権を手に入れてきた従業員たちの為に真剣にやっている事なのだから。笑ってはいけない!


『彼とのデート、一緒にいるだけでマルマルニジュウマル』

「「ずっと、一緒にいたいな!」」

『サークルキャプチャーハート、私から離れないでね?』


 クーナは失敗する事なく歌い切った。私の呼吸器も正常だ。何とか笑わずにできた。マルは先程から格納ハッチをパタパタと激しく動かしている。確か、笑っている時の動きだ。

 私は我慢しているのに、一人だけ笑うとは……後で、クーナに告げ口しておこう。


『ありがとうございました。それでは、審査員の方々が採点を終わらせた後、結果発表をさせていただきます。それまで、しばらくお待ちになってください』


 私とクーナはマルを連れて、控え室に足を運ぶ。


「心臓が壊れそうだわ……」

「私は笑うのを我慢するので大変だったけど……」

「ルレ……」

「笑ってはいないわよ。マルはハッチをパタパタさせていたけど!」

『違います。喜んでいる時もこうなります。変な言いがかりはやめてください!』

「別におこってはいないわ。私が似合わないことをしていたのは理解しているもの。二人ともお疲れ様でした」

「本当に疲れたわね。でも、楽しかったわ」


 トラブルもあったけど、無事に終わって良かった。後は、審査員に受け入れられるか。結果発表が楽しみね。

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